lくらいずつ五群も六群もはいって来る。道がセメントで敷きつめられているから、そのたびごとに、カランコロン、カランコロンと実に微妙な音楽を聞くことができる。
 女監を見るたびにいつも思うが、僕等の事件に一人でも善い、二人でも善い、ともかくも婦人がはいっていたらどんなに趣味あることだろう。『家庭雑誌』に載った秀湖のハイカラ女学生論も、決して日比谷公園で角帽と相引きするをもって人生の全部と心得ているようなものを指したのではあるまい。僕秀湖に問う。兇徒聚衆の女学生! これこそ真に「痛快なるハイカラ女学生」じゃあるまいか。
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 昨日保子さんから猫の絵はがきを戴いた。何だか棒っ切の先から煙の出てるのを持っているが、あれが物の本で見る煙草とかいうものなのだろう。今までは人間の食物だと聞いて居たが、ではなくて猫の玩弄品と見える。
 今朝妹と堀内とが面会に来た。こんな善いところにいるのを、何故悲しいのか、オイオイとばかり泣いていた。面会所で泣くことと怒ることだけは厳禁してもらいたい。そしてニコニコと笑っていてもらいたい。
 入獄するチョット前からハヤシかけていた髭は、暇に任せてネジったりヒッパったり散々に虐待するものだから、たださえ薄い少ないのが可哀相に切れたり抜けたり少しも発達せぬ。よく見ると顔のあちこちに薄い禿がたくさんできた。これは南京虫に噛まれたのを引っかいたあとだ。入獄の好個の紀念として永久に保存せしめたいものだと思っている。
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 今朝は暗い頃から火事のために目がさめて、その後ドウしても寝つかれない。そこでさっそく南京虫の征伐に出かけた。いるいるウジウジいる。ついに夜明け頃までに十有三疋捕えた。大きいのが大豆の半分ぐらい、小さいのが米粒ぐらい、中ぐらいのが小豆ぐらいある。これは出獄の時の唯一のお土産と思って、紙に包んで大切にしてしまってある。そしてその包紙に下のごとくいたずら書きをした。
 社会において吾人平民の膏血を吸取するものは、すなわちかの紳士閥なり。監獄において吾人平民の膏血を吸取するものは、すなわちこの南京虫なり。後者は今幸いにこれを捕えて断頭台上の露と消えしむるを得たり。予はこれをもって前者の運命のはなはだ遠からざるを卜せんと欲す。社会革命党万歳! 資本家制度寂滅!
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 同志諸君・明治三十九年六月二十二日
 昨夕六時頃、身受けのしろ百円ずつで、ともかくも一とまず自由の身となりました。
 入獄中、同志諸君より寄せられた、温かき同情と、深き慰藉と、強き激励とは、私どもの終生忘るべからざるところであります。
 裁判は、たぶん本月中に右か左かの決定があることと思います。
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巣鴨から

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 堀保子宛・明治四十年六月十一日
 一昨日と昨日と今日と、これで三たび筆をとる。その理由は、あまり起居のことを詳しく書いては、かえって宅で心配するからという、典獄様のありがたい思召しで、書いては書き直し、書いては書き直し、したからである。
 二度目でもあるせいか、もう大ぶん獄中の生活に馴れて来た。日の暮れるのも、毎日のように短かくなるようだ。本月の末にでもなったら、まったく身体がアダプトしてしまうことと思う。心配するな。
 朝起きてから夜寝るまで、仕事はただ読書に耽るにある。午前中はアナーキズムとイタリア語との研究をやる。アナーキズムは、クロポトキンの『相互扶助』と、ルクリュの『進化と革命とアナーキズムの理想』というのを読み終った。今はクラーウの『アナーキズムの目的とその実行方法』というのを読んでいる。イタリア語は、文法を三十五ページばかり読んだ。全部で四百ページ余あるのだから、まだ前途遼遠だ。午後は、ドウィッチェの『神愁鬼哭』と、早稲田の『日本古代史』とを読んでいる。
 八日に「新兵事件」の判決文が来て、いささか驚かされた。他の諸君にははなはだお気の毒であるが、これも致し方がない。このことについては、何とも言うて来ないが、どうしたのだ。まだ知らないのか。助松君も重罪公判に移されたそうだけれど、まだ予審のことだからこのさきどうなるかわからぬ。よく操君を慰めるがいい。
 お手紙は九日発のがきょう着いた。たしかこれが九通目だ。同志諸君からも、毎日平均二通は来る。秋水の『比較研究論』は不許になったようだ。
『青年』の原稿は熊谷に渡したか。早く出すように言え。雑誌の相談はどうなったか。
 留守中の財政はどうか。山田から十五、六日頃に端書が来るだろう。お絹嬢にでも取りにやらせろ。仙台に行っている筈のことを忘れるな。
『社会新聞』と『大阪平民新聞』とは、もし送って来なければ前金を送れ。そして保存して置け。
 山川の獄通から、しきりに桐の花がどうの、ジャガ芋の花がどうのと言って来るが、桐は入獄した時にすでに葉ばかり
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