、ゾンバルト著、労働問題。菜食主義(ドクトル加藤所有。これは長々の実行で実は少々心細くなったから、せめてはその理論だけでも聞いて満足していたい。ドクトルにそう言って借りてくれ。)
露文、トルストイ作民話(英訳と合本して)
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大杉伸宛・明治四十二年十一月二十四日
父の死! 事のあまりに突然なので、僕は悲しみの感よりはむしろ驚きの感に先きだたれた。したがって、涙にくるると言うよりはむしろ、ただ茫然自失という体であった。すると、この知らせのあった翌日、君が面会に来た。そして家のあと始末を万事任せるとの委任状をくれと言う。僕は承知した。
しかしあれは取消す。そして次のように考えを変えた。まず保子にある条件を委任して、三保に行って貰い、調べることは調べ、処理すべきことはみんなと相談して処理すること。またその後の話によれば訴訟事件※[#始め二重括弧、1−2−54]父と父の関係していたある会社との※[#終わり二重括弧、1−2−55]もあるとのことだから、別に僕の知人の弁護士にもある条件を委託して保子と一緒に三保へ行って貰うこと。なおその外には種々なる法律上の問題もあろう。それらについては万事この弁護士を顧問とするがいい。この人は従来しばしば僕等が世話になった人で、こんども多忙のところを、友誼上いろいろと引受けてくれることとなったのだ。そのつもりで相応の尊敬を払って相談するがいい。
保子はともかく僕の妻だ。僕の意見は大体話してもあり、また手紙で書き送ってもある。したがってその言うことは大体僕の言葉と承知して貰いたい。君はまだ親しくもない間柄ではあるが、僕よりは年上のことでもあり、世路の種々の艱難も経て来てい、ある点ではかえって僕よりも確かなところがある。保子とはいろいろよく打ちあけて話し合うがいい。
要するに、家の整理はこの二人を僕と見て、そして、猪《いのこ》伯父(たぶん今三保にいるのだろうと思う、もしいなければ除く)母※[#始め二重括弧、1−2−54]その二、三年前に来た継母※[#終わり二重括弧、1−2−55]および君の五人で相談してきめることにしたい。
僕は元来まったく家を棄てたものだ。かつて最初の入獄の時、東京監獄からそのことを父に書き送ったことがある。父は君にもそれを見せたと思う。しかし僕が家を棄てたのは、それで長男たる責任をまったく抛ったのではない。父の生きている間は父に相応の収入もあり、またその他のすべての点においても、僕が居なくとも事がすむと思ったからだ。用のない家庭の累からまったく僕の身を解放して、そして他に大いに有用な義務を尽そうと思ったからだ。されば家を出てからは、ほとんどまったく弟妹をも顧みず、また父にも僕の廃嫡を願って置いた。僕はこれに対して父や弟妹等がどんなに悲しく情けなく思っていたか、それはよく知っている。しかし時には自ら泣きながらもなおあえてこの行為を続けていた。
しかし父が死んで見れば、僕はそうしてはいられない。僕の責任を尽さねばならぬ。今は僕がやらなければやる人がない。もとより僕の思想は棄てることはできぬ。僕は依然としてやはり社会主義者だ。むしろ獄中の生活は僕の思想をますます激しくする傾きがある。ただもとの僕はほとんど一人身のからだであったが、今からの僕は大勢の兄弟を後ろに控えたからだだ。したがってその間に僕の行動に多少の差がなければならぬ。僕は勿論この覚悟をしている。この点はよく察して貰いたい。
僕はまだ母とは親子として対面したことがない。また手紙での交通もしたことがない。そしてお互いの間にはいろいろ誤解がわだかまっているようだ。しかし僕は、母は母として尊敬する。ことに父の死後はなおさらに謹みを深くする。君もこんどは保子が中にはいることでもあり、十分お互いの融和を謀るがいい。
それから、君が今勉めなければならぬ最大の責務は、幼弟幼妹等に対して十分の慰めと励みとを与えることだ。父は死ぬ。頼みとする僕は牢屋にいる。みんなはほとんど絶望の淵にいるに違いない。君以下の弟妹等の今後の方針については保子に詳しく書き送ってある。なお、君の希望も十分保子に話してくれ。
この手紙は伯父が三保にいるなら見せてくれ。また、母にも、もし君に差支えがないなら、見せてくれ。
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堀保子宛・明治四十二年十一月二十四日
一昨々日大体の話はしたが、時間の都合やまた口の不自由なところから、十分の話もできず、言い落したこともありまた言い切れないこともあった。この手紙で再び詳しき僕の意見を言おう。
まず第一の問題は母だ。弟は出すと言っている。また弟の言によれば母自身も出る意があるとのことだ。母から足下に送った手紙には、あくまで止って家のために尽すとあるそうだ。僕の思うには、出すというのは勿論酷だ。しかし、
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