えどもまた感慨深からざるを得ない。数うれば早や三年、しかもその最初の夏は巣鴨、二度目の夏は市ヶ谷、そして三度目の夏はここ千葉というように、いつも離れ離れになっていて、まだ一度もこの月のその日を相抱いて祝ったことがない。胸にあふれる感慨を語り合ったことすらない。
そしてこの悲惨な生活は、ただちに足下の容貌に現れて、年のほかに色あせ顔しわみ行くのを見る。しかし、これがはたして僕等にとってなげくべき不幸事であろうか、僕に愛誦の詩がある。ポーランドの詩人クラシンスキイの作、題して「婦人に寄す」と言う。
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水晶の眼もて人の心を誘い、
徒らの情《つれ》なさによりて人の心を悩ます。
君はまだ生の理想に遠い、
君はまだ婦人美を具えない。
紅の唇、無知のつつしみ
今やその価いと低い。
君よ、処女たるを求めず、
ただこの処女より生い立て。
世のあらゆる悲哀を甞めて、
息の喘ぎ、病苦、あふるる涙、
その聖なる神性によりて後光を放ち、
蒼白のおもて永遠に輝く。
かくして君が大理石の額《ひたい》の上に、
悲哀の生涯の、
力の冠が織り出された時、
その時! ああ君は美だ、理想だ!
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雑誌の禁止は困ったことになったものだね。しかしこれもお上の御方針とあれば致し方がない。かくして生活の方法を奪われたことであれば、まず何よりも生活をできるだけ縮めることが必要だろう。家もたたんでしまうがいい。そして室借生活をやるがいい。何か新しい計画もあるようだが、これはよく守田や兄などにも相談して見るがいい。社会の事情の少しも分らん僕には、なんともお指図はできないが、要するに仕事の品のよしあしさえ選ばなければ、何かすることはあろうと思う。日に十一、二時間ずつ額にあぶらして下駄の鼻緒の芯を造って、そして月に七、八銭ずつの賞与金というのを貰っている人間の女房だ。何をしたって分不相応ということがあるものか。
せっかく持って来たバイブルをあまりにすげなく突返してはなはだ済まなかった。実はイタリア語ので二度も読んであきあきしたのだ。もっとも、もし旧約の方があるのなら喜んで見る。しかし、これもあの文法を読んでしまってからのことだから急ぐには及ばぬ。それと同時に自然、辞書の必要も生ずるのだが、露和の小さなのがあると思う。お困りの際だろうが、何とかして買ってくれ。『帝国
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