っていた文学、ことに日本および支那の文学書を猟りたい。この監獄は社会主義的の書物は厳重に禁じているが、文学書に対してはすこぶる寛大な態度をとっているらしい。まず古いものから順次新しいものに進んで、ことに日本では徳川時代の俗文学に意を注いで見たい。これは別に書物を指定しないから、兄※[#始め二重括弧、1−2−54]女房の、堀柴山※[#終わり二重括弧、1−2−55]や守田※[#始め二重括弧、1−2−54]有秋君※[#終わり二重括弧、1−2−55]などに相談して毎月二、三冊の割で何か送ってくれ。本箱の中に青い表紙の小さな汚ならしい本が五、六冊並べてある。その中の Avare(吝嗇爺)というのを送ってくれ。横文字の本は書名と語名とを書き添えることをわすれないように。
 ドイツ語もようやく二、三日前にあのスケッチブック※[#始め二重括弧、1−2−54]アービングの、独訳※[#終わり二重括弧、1−2−55]を読み終った。たとえて見ると、ちょうどおたまじゃくしに足が二本生えかかったぐらいの程度だろうか。来年の夏頃までには尾をつけたまま、陸をぴょんぴょんと跳び歩くようになりたい。そしてこの尾がとれたらこんどはロシア語を始めようと思う。少々欲張り過ぎるようだけれど、語学の二つ三つも覚えて帰らなければ、とてもこの腹いせ[#「腹いせ」に傍点]ができない。これとイタリア語とは二カ月に各々一冊ぐらい読む予定だから、先日話したものを大至急送った上、さらに二月の面会の時にまた何か持って来てくれ。あえてエンゲルスを気取る訳でもないが、年三十に到るまでには必ず十カ国をもって吃って見たい希望だ。それまでにはまだ一度や二度の勉強の機会があるだろう。
 仙境なればこそ、こんな太平楽も並べて居れるが、世の中は師走ももう二十日まで迫って来たのだね。諸君の歳晩苦貧のさま目に見えるようだ。僕はこれから苦寒にはいって行く。うち[#「うち」に傍点]の諸君およびその他の諸君によろしく。さよなら。
 証拠品の旗三旒および竿二本を返すそうだから、控訴院検事局まで取りに行ってくれ。きょう上申書というのを出して、大杉保子が受取りに行くからと願って置いた。菅野に、関谷に談判して書物をとりもどすよう頼んでくれ。
   *
 堀保子宛・明治四十二年二月一日
 手紙見た。ちょうど四カ月目に懐かしい筆跡に接したので非常に嬉しかった。今日
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