〆たものだ。その時には、何もかも、すっかり監獄生活にアダプトしてしまうのだ。
 本だってそうだ。今の間はまだほんのひまつぶしに夢中になって読んでいるが、その時になれば、ちゃんと秩序だった本当の落ちついた読み方になる。
   *
 伊藤野枝宛・大正八年八月八日
 シイツがはいってから何もかもよくなった。あれを広くひろげて寝ていると、今まで姿の見えなかった敵が、残らずみんな眼にはいる。大きなのそのそ匐っている奴は訳もなくつかまる。小さなぴょんぴょん跳ねている奴も、獲物で腹をふくらして大きくなっているようなのは、すぐにつかまる。こんな風で毎晩毎晩幾つぴちぴちとやっつけるか知れない。蚊の防禦法もいろいろと工夫した。
 差入れの飯にもなれた。もう間違いなくみんな食べる。そしてかなりに腹へはいる。大便も日に一回になった。もうこれですべてがこっちのものになったのだ。
「あんなに痩せて、あんなに蒼い顔をしていちゃ」と大ぶ不平のようだったが、どうも致し方がない。あの暑い日に、二十人ばかりがすしのように押されて、裁判所まで持ち運ばれたのだ。途中僕は坐る場所がなくて、人の膝の上に腰かけていたくらいだ。
 実際、向うへ着いた時には、自分で自分が死んでいるのか、生きているのか分らなかった。二、三時間ばかり寝て、ようやく正気がついた。それから一日狭い蒸し殺されるような室に待たされていたんだ。
 きょうもまた裁判だ。ほんとうにいやになっちまう。面倒くさいことは何にも要らないから、何とでも勝手に定めて、早くどこへでもやってくれるがいいや。
 ここまで書いたら、いよいよ出廷だと言って呼びに来た。さよなら。
   *
 伊藤野枝宛・大正八年八月十日
 知れてはいるだろうと思うが、念のために言って置く。保証金弐拾円で保釈がゆるされた。今日は日曜で駄目だろうが、明朝早くその手続きをしてくれ。
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豊多摩から

   *
 伊藤野枝宛・大正九年一月十一日
 この五日からようやく寒気凛烈。そろそろと監獄気分になって来た。例の通り終日慄えて、歯をガタガタ言わせながら、それでもまだ風一つひかない。朝晩の冷水摩擦と、暇さえあればの屈伸法とで奮闘している。屈伸法のお蔭か腹が大ぶ出て来た。
 室は南向きの二階で、天気さえよければ一日陽がはいる。見はらしもちょっといい。毎日二時間ばかりの日向ぼっこもできる。
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