それも茶碗を食器箱の蓋に乗せてよそって貰うのだが、その蓋の中にこぼれた汁も、蓋を傾けてすすってしまう。特に残汁《ざんじる》と言って、一と廻り廻った残りをまた順番によそって歩くことがある。その番の来るのがどれほど待ち遠しいか知れない。
小説なぞを読んでいて、何か御馳走の話が出かかって来れば、急いでページをはぐって、その話を飛ばしてしまう。とても読むには堪えないのだ。そうかと思うと、本を読んでいる時でも、何か考えている時にでも、またはぼんやりしている時でも、何でもないことがふと食物と連想される。
折々何か食う夢を見る。堺もよくその夢を見たそうだが、堺のはいつも山海の珍味といったような御馳走が現れて、いざ箸をとろうとすると何かの故障で食えなくなるのだそうだ。堺はひどくそれを残念がっていた。しかるに僕のは、しるこ屋の前を通る、いろんな色の餅菓子やあんころ餅などが店にならべてある、堪らなくなって飛びこむ、片っ端から平らげて行く、満腹どころかのど[#「のど」に傍点]にまでもつめこんでうんうん苦しがる、というようなすこぶる下等な夢だ。そして妙なことには、苦しがって散々もがいたあげく、ふと眼をさま
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