なって、こう言いながら、
「失敬、また会おう。」
と逃げるようにして行ってしまった。
彼と僕とはかつて同じような理由で陸軍の幼年学校を退学させられた仲間だった。彼は仙台の幼年校、僕は名古屋の幼年校ではあったが、もう半年ばかりで卒業という時になって、ほとんど同時に退校を命ぜられた。そして二人ともすぐ東京に出て来て偶然出遇った。彼にはなお一緒に仙台を逐い出された二人の仲間があった。その一人は小学校以来の僕の幼な友達だった。かくして四人の幼年校落武者が落ち合った。そしてそこへまた大阪や東京の落武者が寄り集まって、八、九人の仲間ができた。みんなは退校処分という恥辱を雪ぐために、互いに助け合ってうんと勉強する誓いを立てた。みんなはすぐにあちこちの中学校の五年へはいった。が、彼ともう一人の仲間とが中途で誓いを破って遊びを始めた。みんなは憤慨して数回忠告した。そしてついに絶交を宣告した。翌年他の仲間のみんなはそれぞれ専門学校の入学試験に通過した。しかしその二人だけはどこでどうしているのか分らなかった。みんなは絶交を悔いていた。
ちょうどそれから四、五年目になるのだ。僕の入獄は彼から見れば「いよいよ本物になったのだ」ろうが、彼自身の入獄は当時の絶交と思い合して「実に面目次第も」なかったことに違いない。しかし僕としては、僕等が彼に申渡したその絶交が、今になってなおさらに悔いられるのであった。
彼は早稲田辺で、ある不良少年団の団長みたようなことをしていたのだそうだ。そしてその団員の強盗というほどでもないほんの悪戯から、彼は強盗教唆という恐ろしい罪名が負わせられたのだそうだ。そしてかつて仙台陸軍地方幼年学校の一秀才であった彼は、今は巣鴨監獄で、他の囚人に食事を運んだり仕事の材料を運んだりする雑役を勤めているのであった。
彼は僕が二度目に来て満期近くなるまで、この建物の中に雑役をしていた。どこでどうして手に入れて来るのか知らないが、ある時なぞは、ほとんど毎日のように氷砂糖の塊を持って来てくれた。そして毎月一度面会に来る女房をどこでどうして知っているのか、「君、奥さんが来てるよ、もうすぐ看守が呼びに来るだろうから用意して待っていたまえ」なぞと知らしてくれたりした。
ある日急に彼の姿が見えなくなった、その日の夜ある看守の手を経て、「あす仮出獄で出る、君が出ればすぐ会いに行く」と言っ
前へ
次へ
全31ページ中16ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
大杉 栄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング