、呑みこむ、また掻きこむ、呑みこむ。その早さは本当に文字通りの瞬く間だ。僕は呆気にとられて見ていた。
「何千何百何十番!」
 看守がまた大きな声で怒鳴った。僕はびっくりしてその方を向いた。
「何をぼんやりしているんだ。早く飯を食わんか。」
 看守は僕に怒鳴っているんだ。僕は自分の襟をうつむいて見て、その何千何百何十番というのが自分のきょうからの名前だということに初めて気がついた。そして急いで茶碗をとりあげた。が、僕がその円錐形の塊の五分の一くらいをようやくもぐもぐと飲みこんだ頃には、もうみんなは最初のようにその膝に手を置いてかしこまっていた。
 その後も始終見たことではあるが、囚人等の飯を食うのの早いのは実に驚くほどだ。まるで歯なぞというものは入用のないように、ただ掻きこんでは呑みこむ。
「どうも仕方がないんです。いくらからだに毒だからと言っても、どうしてもああなんです。しかしその言い分を聞くと、ずいぶん無茶なことではあるが、多少の同情はされるのです。よく噛んでいた日にゃ、すぐに消化れて腹が空って仕方がないと言うんですな。」
 坊さんは坊さんらしく、ある時教誨師とその話をしたら、眉を顰めながらにこにこしていた。
 僕はこの上もぐもぐやるのも、きちんと正座して待っているみんなに相済まず、自分でも少々きまりが悪いし、それにもみ[#「もみ」に傍点]沢山の南京米四分麦六分といういわゆる四分六飯に大ぶ閉口もしていたのだから、そのまま箸をおいた。
 みんなはめいめい[#「めいめい」に傍点]室に帰された。いい加減心細くなっていた僕は、この喫飯で、また例の好奇心満足主義に帰った。そして僕等の仲間達でその数年前に初めてここへはいった堺の話のように、はいってすぐ身体検査をされる時、裸体のまま四ん這いになって尻の穴をのぞかれたり、歩くのに両手を腰にしっかりとつけて決して振っちゃいけないというようなことが、今ではもう廃止されているのがかえって物足りなく思えた。
 その翌朝、僕は先きに言った半病人や片輪者の連中の中へ移された。今までいたところは、新入や、翌日放免になるものや、または懲罰的に独房監禁されたものなどの一時的にいる、特別の建物であった。
 石川三四郎と山口とはすでに、やはり新聞紙条令違犯で、その一室を占領していた。山口、石川、僕という順で、僕はその隣りの室へ入れられた。十畳か十二畳
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