たぶん僕もそうと信じ切っている。当時の新聞に、僕が大阪で路傍演説をしたとか拘束されたとか、ちょいちょい書いてあったそうだが、それはみんなまるで根も葉もない新聞屋さん達のいたずらだ。
その他、こういう種類のお上の御深切から出た「検束」ならちょっとは数え切れないほどあるが、それは何も僕の悪事でもなければ善事でもない。
とにかく、僕のことと言うとどこででも何事にでも誤解だらけで困るので、まずこれだけの弁解をうんとして置く。
初陣[#「初陣」はゴシック体]
「さあ、はいれ。」
ガチャガチャとすばらしい大きな音をさせて、錠をはずして戸を開けた看守の命令通りに、僕は今渡されて来た布団とお膳箱とをかかえて中へはいった。
「その箱は棚の上へあげろ。よし。それから布団は枕をこっちにして二枚折に畳むんだ。よし。あとはまたあした教えてやる。すぐ寝ろ。」
看守は簡単に言い終ると、ガタンガタンガチャガチャと、室じゅうというよりもむしろ家じゅう震え響くような恐ろしい音をさせて戸を閉めてしまった。
「これが当分僕のうちになるんだな。」
と思いながら僕は突っ立ったまままずあたりを見廻した。三畳敷ばかりの小綺麗な室だ。まだ新しい縁なしの畳が二枚敷かれて、入口と反対の側の窓下になるあと一枚分は板敷になっている。その右の方の半分のところには、隅っこに水道栓と鉄製の洗面台とがあって、その下に箒と塵取と雑巾とが掛かっていて、雑巾桶らしいものが置いてある。左の方の半分は板が二枚になっていて、その真ん中にちょうど指をさしこむくらいの穴がある。何だろうと思って、その板をあげて見ると、一尺ほど下に人造石が敷いてあって、その真ん中に小さなとり手のついた長さ一尺ほどの細長い木の蓋が置いてある。それを取りのけるとプウンとデシンらしい強い臭いがする。便所だ。さっそく中へはいって小便をした。下には空っぽの桶が置いてあるらしくジャジャと音がする。板をもと通りに直して水道栓をひねって手を洗う。窓は背伸びしてようやく目のところが届く高さに、幅三尺、高さ四尺くらいについている。ガラス越しに見たそとは星一つない真暗な夜だった。室の四方は二尺くらいずつの間を置いた三寸角の柱の間に厚板が打ちつけられている。そして高い天井の上からは五燭の電燈が室じゅうをあかあかと照らしていた。
「これは上等だ。コンフォルテブル・エンド・コンヴェ
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