、意志も智慧も行いもすべて無力化させるもののあるのはこれは何んだろう。それにも拘らず一種異様な緊密した力が張りつつ、彼の心を捉えてどこかへ押し進めて行くもののあるのも、また認めねばならなかった。
夜中に雨が降ったと見えて水溜りに桜の弁が浮いていた。矢代は洩れ陽を透かし楓の薄紅い爪を見上げた。柿の芽も縒りをほごした膨らみ柔く、彼は朝の食慾を急に覚えたが、父の死の前後まで朝夕来ていた鶯が姿を見せなくなったこのごろの朝は、庭の木の葉脈まで父の血管に似て見えた。庭をひと廻りしているうちに、ふと父の植えた白い牡丹が葩を散らせているのを見ると、突然の痛さに彼は眼を早めて、繁みを潜っていった。裏木戸を開けて、竹林の間の冷えた路を通る間も、牡丹の崩れた葩の白さがなお追いかけて来て放れなかった。陽の光りの鋭く竹の節に射しこもった縞が、泳ぐように波の変化を示していく中で、彼は煙草に火を点け、朽葉を冠った筍の高まりを探しつつ歩いた。
矢代が竹林をぬけて広い道路へ出たとき、六十あまりの一徹そうな老人が、焚火をしている十七八の娘に道を訪ねていた。それに娘が何か答えると、老人は鰐足のままあたりを見廻した。
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