困らせられたんだからなア。」と塩野は今ごろ急に意外なことを云い出して苦笑した。
「どうして。」千鶴子も矢代同様急には解せぬ面持ちで訊ねた。
「ほら、あのパリの大蔵大臣邸で夜会があったでしょうが。あのときには、僕ら、久木男爵とこの鮭の缶詰を輸出させるのに骨折った夜会だったのさ。フランスの法律を動かそうってんだから、何しろ相手は鉄壁の陣営だよ。それを二三日前から徹夜の作戦で、とうとう漕ぎつけたのは良いが、暫くはお蔭で神経衰弱さ。しかし、思い出すなア、あの夜の苦労は。」
塩野の云うのを聞いているうち、矢代は千鶴子とチロルを早く切り上げてパリへ戻った原因の一つも、塩野からその夜会へ出席を急がれていた千鶴子の都合のためでもあったと思った。それにまた、彼の悩まされた書記官のピエールと千鶴子とのオペラでの一件のことにしても、同様に大臣邸のその夜会が始まりのようでもあったが、いずれもそれらの起りはみな、塩野の今の言葉で、初めて矢代にはよく頷けて来ることばかりだった。そして、
「何んだ、あれがね。」と彼も思わずそう云ったまま暫く塩野の顔から眼が放れなかったが、実際、自分にとっては重なる苦楽の集るところ
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