を男爵は彼の遠慮とのみ解して、それには特に触れようともしなかった。そして、「わたしは会社の仕事を、何も考えない時間がときどきほしいんですよ。それには旅をする以外にはありませんからね。」とぽつりと云った。
 それではやはり父のことなども、口にせず忍耐したことは良かったと矢代は思った。もし一口いえば、この夜の男爵との交情にも、二人の間に潜んで来る人知れぬ煩しさのために、何らかの変化を起すだけではなく、受けた好意を謝している折角の自分の気持ちさえ、そのため却って退け下すような仕儀ともなりかねない惧れを感じた。
「良いですね。ひとりいるのは――あの旅のホテルで朝起きて一人いるときの心持ちは、何んとも云えないですね。」
 とまた男爵は、日ごろの複雑な劇務のさまを思い描いた詠嘆の調子だった。金銭という奇怪なものに幾重にも包まれ育ったこの男爵の苦しさは、人間の価値決定の標準を何によるべきかと、日夜思案に耽り通して来た人にちがいない、重い滴りのような孤独な淋しい詠嘆だった。
「幾つ社長をしてらっしゃるんですか。」
「もう分らない。」
 と男爵は一言聞き取れぬほどな小声で云ったきり黙った。何かそれも口に
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