科学というようなものは、二十世紀でもないのに、二十世紀の西洋人の考えることを、同じように考える誤りというか、危険というか、とにかく、そういう誤差を考えに入れるべきだと仰言るわけなんでしたね。そこで、道徳は科学より上だと仰言るのは、どういう風な論理があるんですか?」
「論理というようなものはないのですよ。」と矢代は云った。
「どうして?」
矢代は少し詰って答えかねた。自分が謙遜して論理のあるべきところをさえ、無自覚にない風を装って示したと受け取られた危険を感じたからだった。彼は顔が充血して来るのを覚えながら、同時に意外に難しい大問題を繰り拡げてしまっている現状をも意識した。実際、世界でまだ誰もが片附けかねてよたよたしている難問のあいだに、どうして論理をそこから見附け出せるか矢代には分らなかった。しかし、それにしても、とにかくこれだけは誰もが一応渡らねばならぬ橋であることは事実だった。
「私は――実は、私もそこを一番知りたいのですよ。」
こう矢代が云ったとき、不意に脱された拍子脱けの形で皆はしんと静まった。
「しかし、あなたはさっき、科学より道徳が上だと仰言ったではありませんか。」久木
前へ
次へ
全1170ページ中809ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング