子の傍に立っている黒い洋装の美しい婦人を彼に紹介した。
「このかた田辺侯爵夫人です。」
 あまり不意のことで矢代は黙って会釈をした。夫人も同様に静かな会釈だったが、服装の趣味の良さはたしかにあまり見かけない人だった。襟飾のレースも小さく、細い優雅な長靴の斜めに切れ下った切り口との調和が、端正な姿をきっちりと纏めて狂いはなかった。どこか笏を持った推古朝の宮廷人を思わせる服装だった。
 矢代はこの夫人が自分たち二人の結婚を整えてくれる人の一人かと思うと、自然に謙遜になるのだった。
「あれからあなた、御病気はなさらなくって?」
 棕櫚竹の葉のなだれかかった窓際で、千鶴子は矢代に訊ねた。
「まだ一向にしそうもないですね。もう逃げてくれたのでしょう。槙三さん、また学校ですか。」
 と矢代は訊ね返した。東京へ戻ってから母に伝えた槙三の報告は恐らく芳しくないにちがいないのを、前から矢代は覚悟していたからだった。
「ええ、ありがとう、元気でいっておりますわ。」
 日の射しかかっている方へ踉めき出る煙草の煙りを眺めながら、千鶴子の顔は幾らか沈みかかったが、また支え直す笑顔も消えなかった。矢代は、槙三に山
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