る限り、いちめんに実った穂の波うつ中に浸っていると、まだ誰かが、年中怠らず労務をつづけていてくれる辛苦が歓ばしく思われ、せめてこれを感じることだけは忘れぬようにと戒めた。彼は宿の子供と一緒に、竹を細く切り接いで作った蛇の玩具の青い尾を握って、戯れに稲の穂の中を泳がせつつ海の方へ出て行くこともあった。無花果の実の熟れ連った海沿いの白い道を、水平線に随って歩いたり、波の洗う芒の中に一群の寂しい墓標を尋ねてみたりして、山村の心にも馴れしたしんだ。そのまに北の海は秋雨の降り込む照り曇りの変りが激しくなった。
矢代は母の実家の滝川家へときどき行ってみた。その地方ではただ二軒よりはないと云われ、建物の粋を凝らして作られた自慢の家だと聞かされていたのも、彼はこのごろになって漸くその美しさが分るようになった。使用された家中の材木のどの一つにも節がなく、八十年をへた年月の風雪にかかわらず、狂いや罅が一つも見られなかった。それらの良材のすべても目立たぬように渋を塗りこめ、生地の放つ尊厳さを薄め匿した心遣いの顕れも、都の風とは違っていた。その代りに、長押や柱のところどころに打ち込められた蔦の金具の紋章が、
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