かった。指を繰ってみてもおよそ千鶴子の船は十日も前に横浜へ着いているころだった。
「なかなか眠れませんね。」
矢代は上の寝台から、直角に延びた下の寝台に寝ている南の顔を覗いて云ってみた。
「もう、眠る暇もありませんよ。すぐ国境でしょう。」
南は深い底に沈んだままにこにこして答えた。
間もなく日本の空気に触れるのだと思うと、矢代は胸騒ぎがして来た。いつも停ってばかりいて、毎日同じ所から動いたことのないように思われていた平原の汽車だったが、やはり相当に早い速力で走っていたのだと、ようやく今ごろになって分って来たような気持ちだった。空腹に濃い茶を飲み過ぎたような早い動悸を感じ、ときどき矢代は起き上ってみた。が、やはりどう仕様もなくまた仰向きに倒れた。
国境を越して日本へ入れば、自分は誠実無二な日本人になろうと矢代は突拍子もなくそう思った。そうなるにはどんなことをすれば良いかと、また一寸彼は考えてみたが、それも忽ち問題ではなくなり、無性に早く国境の向うへ辷り込みたくなった。久慈や東野や塩野の顔がしきりに泛んでは消えた。皆それぞれ矢代と前後して帰って来る筈になっている者たちばかりの顔
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