と気がついて、矢代は終日あてどもなく街街を歩き廻るのだった。ここは全く矢代には乾燥した無人の高い山岳地帯を登るのと同じだった。それもふとこの山は人がみな造ったのだと思ったその瞬間、がらがらッと念いは頂上から真逆さまに下まで転がり落ちた。一日に一度はこうしてどこかへ落ちつづけているうちに、だんだん転がり落ちているのは自分だけじゃないと思い始めて来るのだった。見渡したところ、どの外人の旅行者たちも辷り転がっているものばかりか、多くのものは尻もちついたまま動けぬものばかりに見えて来た。
「ほう、これは面白いぞ。」
 こんなに思い始めたころは、矢代も転がり辷っている自分の方がまだ高きに登っているようで次第に元気も増して来た。
 矢代の部屋は四階にある光線のあまり射し込まない十畳ばかりの部屋で、電話もあり隣りにバスもあった。久慈はよくここへ来たが、彼はあまり元気を失わぬので、著いた夜からもうホテルにいなかった。彼を思うと元気を無くさぬ何か理由を見つけたのにちがいないと矢代は思った。
「君、あの著いた夜はどこへ行ったんだ。僕らは随分探したんだよ。」
 とあるとき久慈に訊ねたとき、
「友人に電話をか
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