日本へ来ていたら、第一番に本願寺へ大砲をぶち込んでいたぜ。」
 そう云えば矢代はエジプトのカイロのことを思い出す。あのピラミッドの真暗な穴の中を優しく千鶴子を助けて登った久慈の姿を思い出す。

 エジプトまでは矢代と久慈はまだ親しい仲だとは云えなかった。それと云うのは、同船の客が港港の上陸の際にもサロンでの交遊にも、二派に別れてそれぞれ行動を共にしていたからであった。これらの二組の中には若い婦人も混っていた。久慈の方にはロンドンの兄の所へ行くという千鶴子がいた。今一方の組の中には、ウィーンの良人の傍へ行くという、早坂真紀子が中心になっていた。矢代は上海に半ヵ月ばかり滞在してから、スマトラその他の南洋の港港を一ヵ月ほど廻り、シンガポールから初めて久慈たちの船に乗船したため、これらの二組のどちらでもなく中立派の態度をとって自由にしていたが、一度び船がスエズに入港してカイロ行の団体を募集したときから、この二派の関係は乱れて来た。
 船がスエズからポートサイドまで出る一昼夜の間に、カイロ行の団体は陸路沙漠を横切りカイロへ出て、ピラミッドを見物してからポートサイドに廻っている船まで、汽車で追っつ
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