ていった。マルセーユの駅は美しい篠懸《すずかけ》の樹の並んだ小高い街の上にあった。車から降りたときは、一同の顔は朝靄の冷たさと出発の緊張とで青味を帯んで小さく見えた。さて、これからいよいよヨーロッパの国際列車に乗り込むところであるから、スタートに並ばせられた選手みたいに、それぞれ切符を渡されても誰も黙って眼を光らせたまま案内人の後からついていくだけだった。
ホームの上は煙に曇った高いガラスがドームのように円形に張っていて、褐色をした列車が生温い空気の籠ったその下に、幾列となく並んでいた。矢代が久慈と一つのコンパートメントに席をとると、若い者はどやどやとその一室に集った。
「もうこれでいいんでしょう。」
と初めて一人が言葉を云った。まだ何かしなければならぬことが、沢山残っているような気のしているときとて、
「ええ、もうこれで、ただ乗ってらっしゃれば、パリまで行きます。」
と案内人は笑って答えた。
「じゃ、昨夕のことをそろそろ話し合おうじゃないか。」
と一人が云うと、皆は漸く安心した気楽さに返って、見て来たマルセーユの夜街の面白さを話し始めた。しかし、それらの話は誰も面白かった。そ
前へ
次へ
全1170ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング