アルコールの廻りも手伝い久慈は制御しきれぬ懐しさを千鶴子に感じるばかりだった。どうしてこんなに思い出が突然噴きのぼって来たものか、夜のピナンの沖に碇泊している本船へ小舟に乗って帰るときの灯火、黒い波にゆれる舷、顔に打ちあたる飛沫を手巾で拭う千鶴子の愁いげな眼――と幻のように南海の夜景が次ぎ次ぎに泛かんで消えぬ楽しみを思うにつけ、あれほど仲の良かった千鶴子とそのまま立ち切れてしまった旅の心の切れ切れな思いを、久慈は継ぎ合せてみたが、もう過去は再び戻りそうにも感じられなかった。
「どうも、おかしいぞ今夜は。酔ったのかな。」
久慈は一寸立ち上ってみた。足がふらふらして赤い絨氈が廻って見える。
「やられた。」と久慈は云ってまた坐ると高に、
「高さん、中国の人は日本人が酔うと馬鹿にするそうですが、日本人は反対ですよ。僕らはすぐ人を信用してしまう習癖があるから、酔うのも早いのです。つまり恩恵を感じると忘恩の徒にはなれないのだな。」
「君は合理主義者すぎるんだよ。」
と矢代は云って久慈のコップにまたウィスキーを注いだ。
「それやそうだ。酒を飲んで酔わないのは、不合理だ。高さん、あなたはフランスへ
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