で樹を折る音がした。ひと節唄ってから千鶴子はまた黙り込んでいたが、
「ピエールさんね、日本へいらっしゃるんですって、日本が好きなのよあの方。」
と云って矢代の手の甲へ草の茎を真直ぐに刺した。
「君の後を追って行くんですか。」
「そんなんじゃないわ。」
「しかし、それや、怪しい。」
矢代は笑いながら千鶴子の手の上へいまいましそうに土をかけた。
「日本の婦人は優しくって、理窟を云わないのがいいんですってよ。あたし、やさしくも何もしないのに、そんなに仰言るの。」
「分らないぞ日本の婦人は。やさしそうに見せかけて凄いのがいるからな。」
あらひどいひどいと云いつつ、千鶴子は半身を起して矢代の腕を揺り動した。矢代は横に草の上を転げた瞬間ふと強い土の匂いを嗅いだ。思わず転げ停るとそのまま彼は、胸を締めつけられたようにじっとしていて云った。
「これや懐しい匂いだ。久しぶりだな。一寸この土の匂いを嗅いでごらんなさいよ。」
矢代は無理に千鶴子をひき据えるようにして土の上へ頭をつけさせた。千鶴子も俯伏せになっていたが黙って何も云わなかった。
「ああ日本へ帰りたい。この匂いだけを忘れちゃ駄目だ。」
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