でしまっている。しかし、思想も恋愛も人間を殺すものなら、殺さぬものはいったい何んだ。
「科学主義者もしばらく見えぬ間に、人間派に戻って来たな。まア無事を祝おう。」
 矢代は久慈にウィスキーを瀝《つ》ぎながらまだ自分の変化を胸底深く包み隠そうとするのだった。
「とにかく工場がもう今日で四百も閉塞してしまったからな、これで全世界に拡がっちゃストライキだけで済まないや。世界中の知識階級、真ッ二つに割れてしまう。それならどこもかしこも戦争だ。」と久慈は云った。
「真理、真理とお題目ばかりとなえたものだから、とうとう何もかも真理になって来たのだ。」
 久慈は寝台から降りると服のポケットからラ・フレーシュという新聞を取り出して来て拡げてみせた。その一面には大きくフランスの地図が書いてあって、赤化した県とまだそのままの県とを朱と白とで色別けがしてあった。丁度豹の皮の敷物のような形のフランスの地図のうち、白い部分は両手のあたりと尾の少し上の方に小さな斑点とが残っているだけで、後は全部頭から胴を貫き朱の色に染って燃えていた。その下に議席の図もあったが、左方の人民戦線の議席五十六に対して右翼と中間併せて四
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