った。
矢代はピエールも間もなく千鶴子とここへ現れるであろうと思ったが、約束の電話を思い出すとすぐ自分のホテルへ帰っていった。自分もこれから始る自分の劇を誰より美しくしてみせるぞというように、彼は待ち自動車の中でタキシイドの胸をぴんと映して蝶の歪みを整えた。
眠静まった通りには灯火がなく岩間の底を渡るような思いで矢代は帰って来た。一軒のカフェーだけから表へ光りが射していた。その柔いだ光りに照し出された売春婦たちは円くテラスに塊って遅い夜食のスープをすすっていた。矢代も空腹を感じたが千鶴子からの電話を待つため、その角を折れ曲ってホテルへ戻った。もうホテルの中も眠静まっていてときどきシャワの水の音がするばかりである。彼はまだ着ていたタキシイドを脱ぎガウンに着替えた。しかし、いつまで待っても電話はかかって来なかった。こんなに電話のないところを見ると、もしかしたら、千鶴子はピエールに誘われて一緒にどこかへ行ってしまったのかもしれぬと、オペラの興奮のまだ醒めぬほとぼりのままだんだん心配が増して来た。まさかあの千鶴子にそのようなことはあるまいと充分信頼はしていても、自分でさえ桟敷で真紀子と
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