かで羊を呼ぶチロルの唄だと分って来た。
「ああ、あれだわ。」
と千鶴子は云って矢代の腕を引いた。チロルの唄は咽喉の擦り枯れたような哀音を湛え、「ころころころ、」と同じリズムで聞えていたが、そのうちに、「るくるくるく、」と次第に高く明瞭になって来た。牧人らしく雲と氷に磨かれた声である。
唄につれてあちこちから鈴の大群の移動し始める音が起って来た。すると、四方から蝟集して来る羊の群れが谷間に徐徐に現れた。初めは入り交る白雲のように見えた羊の群れも、幾千疋となくどよめき合して来るに随って、堤を断った大河のように見る見るうち峡間いっぱいに押し詰り、下へ下へと流れて来た。
矢代は胸の下が冷えて空虚になるのを感じた。日没の光りに山山の頂きはほの明るく照りわたっていた。その下を羊の鈴の音が交響しながら、それが谷谷に木魂して戻って来る倍の響きとなり、総立ち上る蚊の大群のように空中に渦巻いた。チロルの唄はその中を貫く一本の主旋律となって、羊の群れを高く低く呼び集めて近づくのだった。
「るくるくるくるく、るるるるるる――るくるくるくるく、るるるるるる――」
「まるで神さまを見ているようだわ。」
と
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