無数に詰め谷間を下へ流れていた。二人は用意の靴下を靴の辷らぬ用心に靴の上から履き込み、手袋をはめて氷河の斜面を登り始めた。
一つ二つの尾根は矢代が先に立って、靴の踵で氷を傷つけつつ、後の千鶴子の登る足場を造る役目になった。しかし、三つ四つと渡り越すうちに、氷の峰と峰の間の断層が底知れぬ深さを潜めて増して来た。一つ辷って足を踏み脱せばどこまで落ちるか分らぬ断層が、ガラスの断面のようなびいどろ色の口を開け、降りて来る二人の足を待っていた。もう草もなく、いつの間にか二人の周囲はまったく氷ばかりの歯となって来ると、矢代は斜面の急な部分を迂廻する心掛けで、現れて来る不規則な氷の群峰を選び進まねばならなかったが、間断なく同じ動作をつづけるこの氷の歯渡りは、石工のような忍耐が必要だと悟って急がぬ用心をするのだった。
「上から見たときは狭かったようだけど、這入って見ると、ほんとに氷河って大きいものね。」
千鶴子はピッケルを打ちつけつつ、上から垂らす矢代のバンドを握って云った。
「冷いかと思ったが、そうでもないなア。これ、こんなに汗ですよ。」
「あたしもよ。写真をそのうちどっかで撮りましようね。」
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