耳に口を近よせて云った。
「ふむ。」矢代もひと言頷いたまま、肩を彼と並べて眺めた。
女のことを考える暇があるなら、神さまのことを考えろと、そう書いて来た矢代の手紙に対する、密かな反撃のひと突きで、久慈は多少小気味良い皮肉を洩したつもりだったが、まだ矢代に通じさすには少し唐突だった。
「え、似てるだろう?」
「うむ。」矢代はおぼろな声を出した。
「雲が棚曳き降りて来るようだね。」
「何んだい、それや?」
「平行線の交るところさ。」
幾らかぼっと赧らみのぼった矢代の顔を見て、久慈は、手応えとは反対に、一種ひやりと薄冷たい悲しみのさし通るのを感じた。彼は先へ歩を移し、後は馳け降りる勢いで室内を見てから、一隅に露出された南京染付の水鉢に片肱をかけて休んだ。
「新秩序と題しまして、東野速雄氏の講演でございます。」
とラジオが階下から聞えて来た。
「いよいよ世の中はめまぐるしくなって来ました。日日の生活が、ある一つの目的に向って締め上って来ているようであります。しかし、生活というものには、いつの時でも幾らか適度の憂いがなければ、その国民を健全に導くことが出来ません。これから私のいたします講
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