から迯れきれぬものが残っていた。何か漠然とした、明瞭でない不安が新しい芽をふき彼の中で伸びていた。それも、いよいよ結婚する二人だと思うと、そのため一層強まって来る不安な芽だった。
矢代はそういう邪魔な感情を剔り捨てたくとも、手もとに用を達する刀のない気持ちがつづいた。強いて需めると、それはただもう結婚するより仕様がなく、今まで二人の目的としていたものを早く使ってしまいたい。そんな朧ろな、流れの末の分らぬそれは不安心だった。
「あたし、何んだかしら怖いわ。何ぜだか分らないの。」
結納の品定めの日、松濤の木椅子の上でふと洩らしたこのような千鶴子の吐息を思い出し、今も耳近く聞えるように彼が思うのも、千鶴子がどんな意味か分らず洩らした歎息であっただけに、今の自分を考え合せるとはっきりして彼も怖くなった。
「この次は家内をつれて来ますから、そのときはゆっくりとお礼に上りますよ。」
と、彼は昼間そう老婆に云って、ようやく脱け出て来た自分の別れの挨拶を思っても、この次千鶴子をつれて行き、二人であの山を眺めて立ったとき、車夫に扶けられたきょうの脱出の程度で、果して二人の苦しさは済むことだろうか。
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