を眺め、改め直してもみたい興味もつよく、その勇気もまた感じた。しかし、もし千鶴子が何かの弾みにカソリックの宗麟に滅ぼされた矢代家の特殊な歴史を知り、反対に母が千鶴子のそのカソリックを知ったときの、ある恐慌を予想すると、今からそれを告げ知らせて置くべきか否かに躊躇せざるを得なかった。たといそれは杞憂にしかすぎぬとしても、もし今かりにその事実を明瞭に話すとすると、この結婚は纏るよりも崩れる可能性の方が強かった。
矢代は、結婚という神聖なものの際に、そんな破談となるべき性質の介在するのを承知で、千鶴子と母との両方にその部分を隠匿して置く自分の不潔さが赦しがたかった。彼は母からの許可をそのまま千鶴子に書きかけてみても、いつもペンを投げ出させるのはその感情だった。自分の得た生の預り知らぬ遠いむかしに起ったことが、今ごろになりむくむく起き上って来て手紙を書きかける彼の腕をぴたりと抑えるのである。彼はそれを何か先祖の霊が二人に故障を起さしめない警告のためか、それともこの結婚は頷きがたいという意味かと、そんなことまで考えてはまたペンを持ちかけたが、やはり駄目だった。それも、妄想を押し沈めれば沈めるほ
前へ
次へ
全1170ページ中1014ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング