った。
「いやア、どうも突然なものですからね、いろいろ行き届かぬことがありまして、失礼しました。」と川奈も淡白に笑い、窓ガラスに映った自分の髪の形を手で直した。
 霊柩車を先頭に間もなく三台の車がつづいて行った。行く途上も邪魔物に遮られて車は離れたり見えたりした。雑沓した街の中で再び父の棺を見あてたときは、矢代は、まだ父がこの世にいたように思われてほッと気易さを感じ、市中無事でいてくれた暫くの会う間を、まだこんなときにも喜ぶのだった。
 火葬場に同じような数台の霊柩車が停っていた。それらは街から蒐められて来たように無造作により固り、そのあたりだけ人が誰もいなかった。見事な紅梅の老木が花をつけて咲き誇っている下で、柩同士ひそひそ何ごとか囁き交しているような風情のその中へ、また矢代の父の柩も首を混えた。
 矢代たちは当てられた茶屋へ入って休むことにした。もうここでは先へ急ぐ何ごともなく終点の上で茶を飲む気楽さがあって、出る談も至極のどかなことばかりだった。矢代も皆に寛いで貰いたく沈まぬように心掛けて、自然と浮いた談を選ぶ風にした。
「前には、こういうところで暮す人も、よくいるものだと思ったもんだが、しかし、自分に直接の用が出来て見ると、なかなかここも結構なところだと思い直したね。現金なもんだ。」
 矢代が傍の塩野にそう云うのに、皆は声を上げて揃って笑った。
「何んでも焼くんだからな、それや、ここほど清潔なところはないわけだ。」と委員長の川奈も云って、さも感慨ありげにあたりを眺め直した。
 一段高くなっているこの部屋は日光室のように明るく、矢代は連夜の睡眠の不足と疲れで自然と睡けも出ようとした。廂から落ちる雪解けの雫の音を聞きつつ、金色の柩車を下に蒐めた紅梅の群を眺めていると、その一角だけ近よりがたい別世界の美しさを見る思いで、彼は暫く父の死を忘れ、ほうけたようにぼんやりするのだった。
 千鶴子はさきから塩野の横にかしこまって腰かけたまま黙っていた。矢代は親戚たちにまだ二人を紹介しないのも、千鶴子を塩野の夫人と思っているらしい一同のものに、今さら別な混乱した推測を与えたくはなかったからだったが、父の死を中心に蒐ったこの中では、二人だけ血のかからぬ他人であった。その悲しさの薄さはやむを得ないとしても、長い休息のその間を愉しそうにも出来ぬ二人の忍耐を思うと、喪主の疲れの鈍感さで、矢代もようやく二人が気の毒になって来た。そして、
「どうも今日は、すみませんね。」
 と、彼は突然千鶴子に対って云い遅れた礼をのべるのだった。
「いえ、あたしこそ――」
 千鶴子が一寸彼を見て俯向く風情に小声で云うのを、やはり、自分の悲しみを別け持つことに努めていてくれたものの一言だと、彼はたしかな喜びを覚え、懐中に潜めたまままだ封も切らぬ手紙のこともちらりと頭に泛べたりした。
 火葬の準備の出来た報せが来て一同は茶店を立った。竈場の周囲の常緑樹の葉の色が、ここのは特別に際立って鮮やかだった。柩を降ろした空の霊柩車が、日蔭に落ちている氷を踏み割って去っていった。その後からまた新しいのが入って来たりして、幾つもある同形の柩の中から、矢代は父のを見わけてその前に立つと、抱きかかえたときの重量が急に目前の閑寂な白い方形から射し返して、ずしりと引き込まれたように切なく胸が詰って来た。聞もなく、竈の観音開きになった鉄の戸が左右に開いて、そして、父の柩はそのまま狭い口へ詰め込まれた。ぴたりとまた戸が閉って鍵がかかったとき、天空高く放つ砲弾の装填を終えたように、
「どなたです。この鍵。」
 と竈場男は皆の方に鍵を出して訊ねた。そして、手を出した矢代に鍵を渡してから、すぐ火を入れに裏へ廻っていった。ここでもまた、底で動くものの総ては単調を極めたものだった。
 一同は再び広場へ散っていって、寛ぎを取り戻しに思い思いの方へ歩いた。それは各自がいつか前に身に覚えのある悲しみを追想しているようでもあれば、また俄に感じた自分の生を噛みしめ直して味わい愉しんでいるようにも見え、矢代もひとり柘植の緑の葉に見入った。小粒な固い葉の中から小さい新芽の出ている柔かさが、彼の視線を放さず美しかった。
「お父さんお幾つでしたの。」
 暫くして、千鶴子は彼の傍へ来て訊ねた。
「七十一でした。」と彼は答えた。
「まア、そう、今日お写真を拝んで、あたしもっと早く、お目にかかっとけば良かったと思いましたわ。」
「僕も残念なことをしたと思いましたね。父には一度会っといて貰いたかったんだが、――そうそう、今日お手紙いただいて、どうもありがとう。まだ急がしくって、拝見してないのですよ。」と矢代は柘植の新芽から眼を放して千鶴子を見た。
「こんなときさし上げて、いけなかったんじゃないかと心配だったの。あれもう御覧になら
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