」
食事中に吸物の出来るようストーブにかけて三人は御飯を初めにかかった。こんにゃくの白和はとくに良い出来だった。千鶴子は自然薯のとろろの味を褒めたが、これは少し味が濃すぎたようだし、生椎茸の揚物は油が悪く期待を裏切った。その代りに御飯がいつもより上手に炊けているので、塩気の利いた物が美味に感じられる食事となった。食い物の味など槙三には分らないらしく、出るものをみな黙って食べていたが、鶏だけは特別気に入ったと見えて、爪附きの片足をひっ掴んだまま、口もとをバタの油で濡らしては必死に筋を食い破っていた。
「あなたのプウレオウリ、思い出すわ。この方ね、パリで若鶏ばかし上ってらしたの。一度鶏供養なさらなきゃ、罰があたりましてよ。」
千鶴子のそう云うのに矢代は、たしかにそれもそうだと思うのだった。
「ほんとに僕はパリで何百羽食べただろう。一度鶏供養をしよう。その供養でまた食べるか。」
「どこの料理が一番お好きでした。」
と槙三は訊ねた。この同じ質問はこれまでに度び度びされるため、矢代は答えるのに、いつか本当のことが云えなくなってしまっていた。
「僕は鶏のことを思うときだけ、一度外国へ行きたいなアと思うんですよ。由吉さんのまた行かれることを聞いても、第一に鶏が浮んで来てね。こういうのが、やはり、供養というんでしょうね。だから、今日のもつまり、これも鶏供養です。」
「それはそういうものでしょうね。兄さんと行くようなことにでもなったら、あたしあなたの代りに沢山鶏を食べといて上げてよ。」
千鶴子は鶏の肩の部分にナイフを入れながら、ちらっと矢代の顔を伺って云った。
「じゃ、あなた、また行かれるおつもりもあるんですね。どうも、いまいましいなア。」
と矢代は、槙三のいる手前もあって軽く、眉を上げて笑った。
「でも、兄さんから行こう行こうって云うんですの。帰ってから半年目と一年目に、一番また行きたくなるって云うけれど、どうもそのようね。何んだかしら、あたしもそのせいか、ときどきふらふらっと、眼暈いするみたいに行きたくなることがあるの。あなたは?」
「僕は今日のように、鶏の出るときだけだ、行きたいのは。」
「外国の鶏はこれよりもっと美味しいんですか。」
とまた槙三は質問した。
「たしかに美味かったと思いますね。」
矢代はそう答えながらも、さきから、これが鶏の罰かとひそかに思ったほど、千鶴子の外国行きのことが重く心にかかって来て、暫くは何んとなく空虚な箸の動きがつづくのだった。それにまた、千鶴子たちが東京へ戻ってから、いちいち自分のことを、母親に報告するにちがいない正直な槙三の現在の立場のことを思うと、彼が普通の客とは見えず、何か権威を具えた斥候のように見えて多少矢代は肩もこった。ただ幾らか矢代にとって都合のよいことは、自分が槙三を好きなことだった。
「しかし、あなたもう一度行くのそれだけはおやめなさいよ。」
矢代は向き直るように千鶴子に云った。
「ええ。」と千鶴子も何か考え込む風に小声で云ってから、
「でも、今度行くのでしたら、あたしみっちり研究してみたいことがあるの。この前のときはすぐ帰るんだと思っていたでしょう。ですから、ほんの真似事みたいに外から調べただけだったけど、帰ってから何んだか惜しくって、あなたじゃありませんが、急に勉強したくてたまらなくなるんですのよ。」
「じゃ、あのとき、あれで何かあなたも研究してらっしたんですか。」矢代は千鶴子との交際の日のことを省みて自分の迂濶さに、今さら驚くように訊ねた。
「あのときは、あなたがいけないんですよ、あなたはただ遊べ、それが何より勉強だって仰言ったわ。」
「いや、あのときは一番それがほんとうだったのですよ。僕だって、あのとき遊んだことだけは後悔したことありませんからね。」
「そのせいね、こんなに帰ってから勉強したくなるの、――あたしね、洋裁の断ち方をもっと勉強して来て、自分で生活をしてゆきたいと思うの。そんなことこのごろいろいろ考えると、愉しいんだか寂しいんだか、よく分らなくなって困るんだけど――」
どういうことを云いたくて千鶴子はそんなことを云い出したりしたのかと、矢代は暫く考えるのだった。槙三のいるため眼に見えぬ家庭内の気苦労を、露《あらわ》には云い得ず、暗に匂わす彼女の苦しさの歪みかと解することも出来れば、また一方どこかで、自分に衝って来ている角の鋭さも感じられ、矢代は返答に窮して黙っていた。
「こんなこと、もうやめましょうね。せっかくの御飯もったいないわ。」
千鶴子はふと軽く翻るように云って、吸物をニュームの鍋から椀に注ぎ、それぞれの前に並べた。小食の矢代は皆より先に食事をすませてから、吸物の代りにコーヒーを懸け換えた。
「これで鶏の供養をすませたことになれば、有り難いんだがな
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