のがいかがわしい肉を摘まむと、それを箸から抛り落し、「これこれ、」と云っては別な適当のを指し替えた。
「驚いたな。来つけたのは古いのですか。」
 と矢代は感服して訊ねた。来つけてから十年になること、そして、この家のどの古い女中も肉の択び方、炭加減、大根おろしの量の盛り方などは、自分よりも下手だと云って、特に、この店の良心的な野菜類の選定の厳格さを賞した。葱は上州から、人参は京都、海苔は大森、椎茸は伊豆、と一流品の出所まで精しく話した後、ここの鴨だけは芸術品になっているとまで、ついにそのあたりから東野の説明も少少うるさくなって来た。
「しかし、君、日本の芸術家の中で、第一番は農夫だと僕は思うがね。」
 とこう東野が続けて突然に云ったときは、いつもの癖とはいえ、もう厳密科学の真理の表現が逆説とならざるを得ぬ状態に似ていて、何か切っ羽詰った苦しさが裡に巻き溢れているように矢代には感じられた。
「あの手で真紀子さん、俳句の方も叱られているころでしょう。」と矢代は笑った。
「そうなの、先生はあたしの句賞めてくだすったこと、たった一度だけ。それもあたしの一番いやな句ですのよ。」
 矢代から東野へ瞬間流眄を向けそう云う真紀子の笑顔を見て、矢代は、まだ東野に対して弟子とまでは云いがたいなと思った。
「真紀子君のあのときのあの句は良いよ。待つ朝の鏡にうつす青落葉――そういうんだがね。いいだろう君、ルクサンブールの朝がよく出ているよ。それも一寸自棄ぱちな静かな凄さが潜んでいてね。」
 東野の説明を俟つまでもなく、その句の「鏡にうつす」という自動的な表現で、久慈と別れる朝の真紀子の覚悟が、青葉を繊手で※[#「てへん+宛」、第3水準1−84−80]ぎ落とすように鮮に出ている句だと矢代は感じた。そして、なおそのころの真紀子たちの心境の移り動きも知りたくなって、いま少しその他の句を披講して貰いたいと頼んでみた。
「まだいろいろあったね。荷造りのくずれ痛める冬の旅――これもまア、見られる。」
「それは先生に直していただいたの。」と真紀子は云ったが、そう云い終ると一寸首を竦めて俯向いた。
「いまの句は句以外に、久慈と僕との間のことで面白い意味があるのだよ。これは話さぬと実は味も少いのだが。」
 一つ話してみるかと東野は相談を真紀子にしかける風に彼女を見てから、久慈が真紀子と別れるとき東野の宿へ来た
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