の身の上を知ったのも、真紀子に話されたということを考えると、矢代は、帰ってからの東野や真紀子の二人の交際も、自分の想像外のところまで深まっていることとも推測された。東野は作家としては退潮期に入り華華しい活躍を停止していたとはいえ、ときどき人の意表に出る大胆な作風で、想像力を重んじるものたちからは愛敬され、科学主義の作家たちからは疎んぜられる傾向があって、漸次に今は和紙会社の副業の方に熱心になり始めているのも、一つは東野の癖の多い趣味性によるのかもしれず、また彼の外遊の目的も文学上のことより、寧ろ和紙の販路の拡張のためもあったかと解された。
 家の中は、呼鈴を押してみても暫らく静まり返っていて答えがなかった。千鶴子は裏庭へ廻ったり、雑草の中でひとり花を咲かせた美しい杏の樹を仰いだりしているとき、玄関が中から開いて東野の大きな顔だけ外を覗いた。
「どうもあなたらしいお宅ですね。すぐ分りますよ。」矢代は挨拶などこの東野にはする気にならず、始めから寛いだ気分で云った。
「荒涼としたもんだろう。僕も帰ってみて我ながら驚いたのさ。」
 そう云う東野の後から、二人は人気のない廊下を渡り、樹の多い母屋の方の中庭を越して離れになった中二階の居間へ通された。ここはまた広い庭に丈の高い芒ばかりが生い茂っているだけで、野末を見渡すような芝生の一隅にその離れの座敷が浮いていた。
「これでこの部屋は雨が降るといいんだよ。」と東野は案外気に入っているらしく、部屋の障子を開け放した。
 密閉されたガラスの棚には、大きな数十の古硯や古墨その他、古い文房具の犇めくように並んでいる中に混り、八大山人の対幅と、オートイユの競馬の版画が懸けてあって、扁額には「眉子山房」と鳴鶴風の意外に生真面目な字が読まれた。千鶴子は先ず硯の蒐集におどろいて棚に近よった。すると東野は自分の財産の主要なものは硯だけだと云って笑い、鳩首の彫刻のある蒼黒い硯を出して指先で撫でながら、これが眉子《びし》だと訓えた。そして、日本へ帰った以上は東洋文明を知るために、紙、筆墨、硯に対して一度思いを深めるべきでここにもつとも精緻な文化の華が潜んでいるとも語った。棚の上に直接見える古硯類には和硯が多かったが、品種は全国にわたっているのも東野の綜合的な性格がよく窺われるものだった。近江の虎斑、甲州の雨端、長崎の若田、福井の紅渓、駿河の馬蹄と、東
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