でいたので、妹を一緒に京都へつれて行くこともひかえ、母の傍に残したくもあったのだが、この夜はそんなに旅さきまで策を用うるのが佗しく仰ぐ花明りも眩ゆかった。もう喜びが過ぎてしまった後のようにもの悲しさが脱けなかった。
矢代が家に戻ったとき幸子は留守に来ていた書類を持って二階へ来た。
「はい。お手紙。」
何かその妹の声に常の声よりわざとらしさが響いたので、矢代はすぐ千鶴子からのも中に混っているのを感じ、眼をその方へ向けなかった。
「お元気ないのね。叔父さん何んか仰言って。」幸子は下へ降りようとせず彼の傍へ坐り込んだまま顔を見ていた。
「どこの桜もよく咲いていたね。」と、彼はひと言いってからふと書類へ視線を落としたが、まだやはり手に取り上げようとしなかった。
「叔父さんはあたしも京都へ行くように仰言ったでしょう。」
「いや、そんな話はないよ。」
「嘘だわ。あたし電話で忍さんに、そうお願いしといたんですもの。お話あったにちがいないわ。」
忍との間で、その点にも少し矢代は触れたと思ったが、それを妹に答えるには、まだ見ない眼前の書類の内容の方が重すぎた。千鶴子の手紙の返事が、自分の京都行きと一緒に千鶴子も由吉と出られそうな模様なら、今は幸子への自分の答えも幾ちか変るかもしれぬ不愉快さを彼は感じた。そればかりではない。彼の答えを待ち構えている幸子の眼もとに早や千鶴子の手紙の中を察した鋭さがあり、兄と自分の間を邪魔しているものへの、露き出した爪も見えた。
「今夜は叔父さんとの間で珍らしく文化論が出てね。あんなことを僕に云う人じゃなかったんだが、――これも桜のせいかな。」と矢代は云って笑った。
しかし、そういえば、この花どきで誰も幾らかは変調を来たしているのに不思議はないと思った。幸子にしても同様だと思うと、彼はあらためて妹の顔や容子をじろじろ瞶め直し、「お茶、お茶、」と促して妹を下へ降ろそうとした。
「でも、お手紙早く御覧になってよ。あたし気がかりだわ。」幸子はまた書類を彼の方へ押し出すようにして催促した。
「手紙に関係はないだろう。」
「ですから、もし有れば困ると思ってよ。」
あくまで無遠慮に押し詰めて来る幸子のしっこさに、矢代はいら立たしくなり、「お茶だよ。」とまた強く云ったが、我ながら急におかしくなってつい笑い出すと、
「見たければ手紙を見なさい。まだ僕は見ないじゃ
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