たしもなおよく研究してみますが、しかし――不思議な国だなア日本というのは。エジプトからかな。その御幣は。」
 頭を椅子につけ天井を見詰めてそう云う久木男爵は、もうこのときから一同とはまったく別の世界に入っているらしく、笑顔も消えた孤独な眼だけぱちぱち瞬いていた。
「しかし、そういうことになると、世界の人間どもに港から港へ旅をさす幸福を与えてやるのは、いよいよ御幣らしくもなって来たね。よほど話が整って来たよ。」
 由吉はパイプに火を入れて云ったが、もう今は彼について笑うものもなく、海からの夜風にガラスの冷えて来た部屋の中で、一枚の白紙に吸いよせられたように、一同は妙に静になってしまった。平尾男爵は手帳を出すと、「千八百七十七年と。カントルだね。」と呟いて記入した。そして「僕も帰り着いた夜、こういう風向きになろうとは思わなかったな。しかし、これで多少は僕の研究に方向がついて来たよ。東野君、君の専門の方はどうかね。その千八百七十七年前後のあたりは?」と訊ねた。
「そりゃ、勿論、立体も平面もこの世から姿をかき消した時代だよ。何しろ明治十年というと、西南戦争のときだからね。あのころは、隆盛の細君が香銭七百円もらって、突き返して人気が出るやら、吉原の女郎が洋装してみな並んでみたりするやら、そうかと思うと、そうそう、たしか、湯島に数学会社というのが出来た年だよ。会員が九十名だ。医学会社というのも出たね。何んでもやたらに、資本金七万円、五万円という会社が出始めたりしているよ。柳原愛子皇太子を分娩す、なんて新聞記事があの年に堂堂と出ていたのを、何んかで見たことがあるね。西郷隆盛の首がないので、大騒ぎしている記事と一緒だものだから、覚えているんだが、米が君、二銭五厘のときだ。それでも、日本の渥美半島の酒が、フランスから註文を受けたので、びっくりしたりしている。とにかく、三井が創立式を挙げた年で、軍艦が横須賀で初めて出来た年だ。」
 東野が声の調子がとれず、強くそう云っている途中でも、平尾男爵の令嬢たちはもう椅子の上で眠りかけていた。それまでそわそわと落ちつかなげにいた真紀子は機を見て立ち上ると、家がこの近くだから先に失礼したいと云って一同に挨拶した。すると、「それでは僕も」と云い出すものも多くなって、真紀子の挨拶をきっかけに急に遽しくそれぞれ椅子から立った。残るものらも下のロビーまで送
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