急にしんと静かになった。
「しかし、始めあれば、また終りあり、といった形だな、あの船は。」と久木男爵は云ってまたすぐ一同を笑わせた。
「それが、つまり御老人の集合論ですかね。そこを一つ聞きたいものだな。」と由吉はすかさず久木男爵に応酬した。
「いや、冗談じゃない、そういうのが集合論ですよ。ラアデマッヘルという数学者でしたかね、その男の云うのには、一つの部屋に男という集合があり、また別に女という集合があってダンスをした、すると、二人の男女が手を繋いでみて、うまい具合に残りがなくなった場合には、一対一の対応が出来たということになって、男女の数は相等しいという、その証明の仕方が、つまり、集合論のそもそもの始めのような所ですからね。まア港を船で行くそれみたいなものかな。平面という一次元の世界では、人間の考え得られる数のすべてと、直線上の点のすべては一対一の対応が出来る。相等しい個数を持っているという、そこのところが、いわば集合論の口みたいなものですよ。」
「じゃ、僕のような独り者がぼんやり港の船を見ているという――こういうのは、その集合論の口へも入らぬというものですかね。」と由吉は、そろそろもう数学の世界から喰み出したい気骨を眉目に見せ始めて来るのだった。
「しかし、あなたのようなそういう独身の人の希望は、船舶を動かす動力になりますよ。その動力が物を連続させるという、つまり、平面に幅や厚さを与える二次元三次元の立体の世界を織り出してゆくのですからね。そこで前に戻りますが、その集合論の口のところの、一対一の対応の積を、2のX乗という代数の形で表現して見せたのがカントルという豪い数学者で、さアそれからは数学の世界は根柢からひっくり返って、大乱になって来たのですよ。港から港を船で、恋人と二人で航海するというような平面上の幸福は、むかしの夢で、平面も立体もないというような、おかしな世界が現れて来たりして、ややこしいことになったのです。そのカントルの集合論の発表は、西暦千八百七十七年というのですから、ひょっとすると、西洋も十九世紀の終りのそのころが、大乱の始めかもしれませんよ。数学の世界ほどこの世で、正直な告白をするものはありませんからね。」
「そうすると、その数学の大乱の結果と、幣帛の形というのは、どういうところに関係があるもんですか。」と、今まで黙っていた田辺侯爵も、だんだん興味
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