人間はどうしてあんなに憂鬱な顔をしているんだろうと、何んの気もなく話したことがあるんだが、そうしたところが、いきなり横から、こ奴はファッショだと、怒鳴られたことがあった。とにかく僕は、あの長いロシアの道中で、笑っている人間の顔を見た記憶がないのだけれども、あれは一つは国民性か、それとも他に原因があるのか今は疑問ですね。その疑問だけは本当なんだが。」
「しかし、そういう重大な疑問を、自国民にも話し得ないということは、そりゃ、世界の誰も彼もが戦戦兢兢として暮しているという証拠だね。とにかく、もう起るものは起っているよ。そして、救うものもこれでどこかに潜んでいるんだ。」と東野は云って窓から樹の間越しに海を見た。
「にこにこしている大阪か。救うのは。」と由吉は間を脱さずひやかしたので、また皆は一緒に笑い出した。
このような真面目な話題や雑談がお茶どきから夕食前まで一同の間で続けられたが、時間はおどろくほど早く過ぎた。そして一同はロビーから六階の高い食堂へ移り変って、夕日に漲る海面を下にしたバルコオンで食事の支度を待つのだった。大きく拡がった海が刻刻に色を変えてゆく後から、追うように灯が港に点いていった。薄明りのころの横浜は遠い沖が瑠璃色に傾き、船の赤い横線が首環のように水面に眼立って来る。矢代はパリにいるとき、カルチエ・ラタンで久慈と食事中、傍にいたアンリエットが突然、匂いの強いセロリの茎をぽきりと折って、「ああ、横浜へ行きたい。」と嘆息を洩した夕暮どきを思い出したりした。そのときは、千鶴子が明日ロンドンから来るという日で、二人は彼女の宿の選定に悩んでいたときだったが――
茂った帆檣の見える埠頭の方から汽笛が鳴った。バルコオンの欄干のところで、真紀子と千鶴子は皆から少し離れた位置に立ち、裾に微風のそよぐ忍び声で何事か話していた。二人の笑顔を海面からの反射が細かく浮き上げ、スカートのぴったりと締った物腰の揺れる、あたりの燃えるようなひとときだった。
その横の空地を越した向うに、アンリエットが父と二人でいたという、廃館になったマッサアジュリーム会社の白壁が見えた。
矢代は、そこの白壁に射し返った入日を受け、ペンキ塗の緑の鉄柵の影が折れ曲っているのを見ているうち、ふと急にうつろうものの寂しさを覚えて来るのだった。
「ああ、横浜へ行きたい。」
と、そうアンリエットの洩した
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