に出揃って沖の方を向いたまま、一同につきものの機智諧謔が流れ始めた。
「東野さんと真紀子さん、どうして一緒に帰る気になったのか、あなたは御存知ですか。分ったようで僕には分らないんだが、手紙には何も書いてなかった。」と矢代は傍の千鶴子に訊ねた。
「それは書いてないの。ただね、お話することいろいろあるんだけど、今は書く勇気がないって。そして、自分の旅は悲劇だったって、書いてあるだけなの。」
階下から閃き出て来た黄いろな蝶が歩廊の柱の間を飛び廻っているのも、春の日射しを受けた海の色を鮮明に明るくした。帆を拡げかけた帆船が欄干の下を通って行く小ささを見降し、矢代は廊下の意外な高さに初めて気がつくのだった。
「しかし、悲劇にしても東野さんとは少し――取り合せが意外だったな。何かわけがあるんじゃないかな。」
「でも、帰るとなると、お連れをさがすもんじゃありません。」
「そういうことも考えられるが、あの真紀子さんという人は危いんだ。どうも危い。僕は一度オペラで懲りたことがある。」矢代には、平尾男爵と東野とがともに帰って来ることは想像出来ることだったが、真紀子が久慈と別れてひとり東野と同船だということが、やはり頷きがたいことの一つだった。勿論、久慈と真紀子の間が不和になったとの便りは、直接二人からの手紙によらずとも、千鶴子へ来るもので分っていた。しかし、その結果が東野と真紀子とともに帰る事情になったとは、そこに穏かでない空想が混って感じられた。およそ日本を出発の際持ち運んでいった道具や習慣はみな毀れ、人の性格まで一変させてしまう西洋の旅のことだったが、それにしても、表面放埒に見えつつ東野の底にいつも動かぬ慎しみだけは今も変ることはなかろうと思われても、それとてどのような変化があったか、これだけは人の想像の外だった。殊に真紀子の身の上は同情に値いすることが多かった。しかし、いずれにせよ、そういうことを一応空想の中に入れて考えても、外国にいるときの生活から推し測って、そのものの内地にいるときの生活は分り得られないことであった。またそれは彼女のみとは限らず、現に矢代は、あれほど親しかった久慈や東野の内地の生活もいまだに分らぬままに捨ててあった。それも一つは、まだ消え去らぬ西洋の幻覚の仕業とも解せられれば、個人に対する興味などおよそ物の数ではなくなっている、茫漠としたある観念に絶えず憑か
前へ
次へ
全585ページ中444ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング