ちだった。
 横浜の埠頭へ着いたときは、塩野はもう臨海食堂の窓際のテーブルで食事をしながら、画家の佐佐と話をしていた。矢代は塩野を後から肩を打ち、会葬の礼をのべてから彼の傍へ腰を降ろした。
「ここはなかなか眺めは良いね。」
「良いだろう。だから僕は早く来たんだよ。船の着くのは二時だとさ。あの船がそうなんだが、伝染病が出たとかで、昨夜からあそこに碇泊したきりだ。」
 塩野の指差す沖を見ると、鉄壁のように並んだ幾つもの船舶の上から、一段高く白い頭を浮き上げた巨船が見えた。起重機や鉄板の間を幾百の鴎がしなやかに飛び流れていた。空が晴れているので波も蒼みを加え、照り返しの明るさに微笑が自然に泛んで来た。食堂は海中に突出した位置のため、船の食堂に出た航海の日の思い出を湧き立たせ、暫くの間も矢代は、もう忘れていた風景を限りなく思い出すのだった。
「ここなら二三時間待つのは愉しみだね。いろいろ君も、思い出すことがあるだろう。」
「もうたまらないんだよ。さきから。」
 画家の佐佐も無言だった。つづく波の拡がる末の方から、肌を洗うように襲って来る哀愁に矢代も暫く黙っていた。
「何んだろうね、この妙な寂しさみたいなものは。」
 見れば見るほど増して来る小舟の数を見詰めながら、矢代は云った。身動きして笑った佐佐の鋭い横顔に日が射し、鴎の描く白い速度に随って彼も視線を移していくばかりだった。鉛筆に似た、赤い灯台のある岬の先端を廻って入港して来る船、首の金具を鋭く耀かせて疾走する小蒸気、薄鼠色の船体を並べた外国船、浮標の間を巧みにあやつる櫓、荷上げ、荷卸しなど、窓の両側に映った船の景観は、矢代の通って来たどこの海路の港ともよく似ていた。
「皆さんはどなたも、もうお父さんがいらっしゃらないわけだなア。」
 と、矢代は、世放れのした海から父の死を感じ、ふと塩野と佐佐との身の上のことも思い出したりした。今目前の景色も、父のいたときに眺めたなら、あるいは感慨も今とは少し違うのではなかろうかと思ったからだった。
「そうだね、君もとうとう僕らの仲間入りしたわけだよ。」と塩野は云って笑った。
「どうも僕は、何んだか少し、勝手がいつもと違うように思えるんだが。」
 矢代はまたあたりの風景を眺めてみた。父のいるときには、自分の背後に父からの長い紐がついていて、そこから養分を吸い摂りつつ、それも知らずに迂濶に見
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