せて、喜んだのは、さきからひとり黙っていた画家の佐佐だった。
「さア、侯爵、黙ってばかしいないで何んとか云いなさい。あなたんとこの先祖もキリシタンをやっつけた方だよ。」
 と由吉は田辺侯爵に押しつけるようににやにや笑って云った。
「僕んとこのは代代名君だったからな、そんな怪しいことはやらんさ。」と侯爵は鼻のあたりを撫で廻して云った。沈んだものらの顔色もこのときは一緒に笑い出した。
「しかし、カソリックの極悪非道というのは、それやヘルンはカソリックを知らないんだよ。いかに日本を愛するあまりに云ったことだとしても、西洋に秩序と忍耐と謙譲の徳とを与えている根源の精神を、極悪非道というのは、無智無羞の徒の云うことじゃないか。もし西洋にカソリックがなかったら、ヨーロッパ精神というものはもう闇同然だと思うね。」
 遊部は眉を顰め落ちつかなそうに云って矢代を見た。それはむしろ悲しそうなにがにがしい怒りを含んだ眼つきだった。
「しかし日本の一番の美点をむかしのギリシア同様の祖先崇拝だとヘルンが見てとった場合、それを止めよとカソリックが命じるなら、こ奴極悪非道な奴だと思ったのは当然だよ。」
 と佐佐は云った。佐佐の父はもう亡くなっていなかったが、生前は真宗の大黒柱と云われた仏教学者であった。漢学者の塩野の亡くなった父とは友人で、二人はまた絶えず生前仏教と儒教との立場の違いのために、論争ばかししてどちらも死んだということを矢代は塩野から聞いたことがあった。今もそのような関係が二人の子供の心の上にも連想を呼び覚したものと見え、佐佐がむくむく起き出して来たようにそう云うのとともに、カソリックの塩野の表情もそれにつれて変って来た。
「それは十六世紀のカソリックの政治が悪かったのだよ。あのころはスペインとポルトガルとの闘争時代だから、どっちも罪の擦りつけ合いをした結果が、悪宣伝の泥仕合になったのさ、何もカソリックそのものの精神は悪くはないよ。もし日本にカソリックがなかったら、外国との交際ということは、これからも絶対に不可能だからね。」
「それにしてもだ。祖先崇拝を悪いというカソリックの主意は、今も変らないね。日本の道徳の根源が祖先崇拝なら、これを認めぬという宗旨とは、必ずどこかで衝突せずにはおれないさ、カソリックは霊魂を認めるくせに、その国の祖先の霊魂を否定するというのは、僕には分らないのだ。
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