刈り込んだ並木の姿は下から仰ぐと、若葉を連ねた長い廻廊のように見えた。その中央に、跳り上る逞しい八頭の馬を御した女神の彫像が噴水の中に立っていて、なだらかな美しい肩の上に夥しい鳩の糞が垂れていた。
「君、もう帰らないといけないじゃないか。アンリエットが六時に行くと云ったぞ。」
 と久慈は矢代に云って時計を出した。
「あ、そうだ。しかし、あれは僕をからかったんだよ、来るものか。」
 矢代は忘れていたアンリエットとの時間を思い出したが、もう暫くは千鶴子と一緒にいたいと思った。
「いや、それや駄目だ。フランス人は時間を間違うことは絶対にないよ。もしそのときこちらが一分でも間違ったら、もう交渉はぴたりと停ったことになるんだからね。日本とそこは心理的に違うんだよ。」
 この日に限って強いて、アンリエットを押しつけるようにしたがる久慈だったが、それも自分をからかうには手ごろな面白さなのだろうと矢代は思った。
「しかし、パリの女と二人きりになるのは不便だね。何も云うことないじゃないか。君は初め何んと云ったんだ?」
「日本のことでも話せばいいさ。君の得意なところを一席やれよ。」
 矢代は夕食の時間と場所とを打ち合せて二人と別れ自分のホテルへ戻っていった。

 アンリエットが矢代のところへ来たのは約束の六時であった。彼女は部屋へ這入って来るとすぐ握手をして、
「今日はブールジェへいらしったの。」とフランス語で訊ねた。
「行きました。」
 と矢代が日本語で答えると、いや今日からは日本語じゃいけない、この時間は勉強ですものとアンリエットは云って、矢代のフランス語の答えを待った。冗談のつもりで語学教師として彼女を廻して貰いたいとうっかり久慈に頼んだのに、それに早くも手元へ辷り込んで来たアンリエットであった。
「ブールジェへ行きましたよ。千鶴子さんは久慈とルクサンブールを歩いています。」
 と矢代は幾らかからかい気味になり、ぼつぼつした下手いフランス語で答えた。
「そう。あなたはわたしを待って下すったのね。有り難う。」
 アンリエットは見たところ目立った美人とは云えなかったが、ふとかすめ去る瞬間の笑顔に忘れ難ない美しさが揃った歯を中心にして現れた。
「久慈君はあなたに逢えば、日本のことを話せと云うんですが、日本のことをあなたはそんなに知りたいですか。」
「ええ、それや知りたいわ。あたし、日本
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