対象を探すのですね。たとえば、僕は一寸ばかし海を越えて西洋を見て来たばかりに、日本をめぐっている海の水を見ると、どれもみな岸べに打ちつけて来ているキリスト教の波に見えるのです。実際、日本を一歩出ると、現在生きている文明の波というものは、キリスト教を中心とした大海の波ですから、これに対する態度を定めるだけでも、相当な覚悟なしにはいられないときになって来ておりましょう。そこへまた科学です。僕らは自分の国のことを外国のこととして、もうこれ以上は考えているわけにはいきませんですからね。」
 矢代はこう云ううちにも話していることが、久木男爵に向うより、ともすると後方で聞いているにちがいない千鶴子に意識が向いてゆくのを覚えるのだった。そして、それはまた同時に彼女を虐めることとはいえ、それ以上に苦しいことには、この夜はカソリックの大本山のノートル・ダムを写した塩野の写真展の祝賀会であってみれば、むしろ千鶴子より塩野の祝賀の宴を強く射る失礼な結果となっていることに気がついて不用意な失言を、そのまま続ける勇気が出ず突然彼は口を閉じた。久木男爵も敏感にそれと察したらしかった。
「やはりわれわれに難しいのは、科学のことだなア。」とひとり老人は呟いて、そして暫くしてからまた矢代に、「あなたはさっき自分らの考えている東洋と西洋とのことは、十四五世紀の問題として見ると、そんなにあの部屋で仰言ったが、あれはどういうことです。あれが一寸分らなかった。」
「そこが僕にも難しいのですが、しかし、こういう人がいるのです。それはラフカディオ・ヘルンというギリシア人で、明治も晩年の三十七八年ごろに、日本の現在を社会進化の状態として見ると、キリスト誕生前四五百年のころの西洋と同じだと云っているのです。ヘルンが死んでからおよそ四十年近くにもなっていますが、この間の日本の四十年は西洋の千年ぐらいの経過にあたっていると、僕はまア仮定して云ったのです。しかし、そうしてみても、僕らにとってはまだキリストは生れていないわけですよ。」
 一同は急に笑い出したがすぐまた一種くすぐったそうな薄笑いで黙った。
「しかし、キリスト教が現在日本にもあるというわけは、やはり生れているのも同じでしよう。」
 と、そう云ったのは遊部だった。しかし、速水は日ごろの自分の考えに何事か触れるものがあるらしく、
「それはただ過去のキリストの形骸を
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