ングの鮭を持って顕れ、空いた皿と取り替えた。光沢のある越州の壺に似合った冬薔薇の華やいだ向うで由吉は無造作に鮭を食べたその途端、「あッ、これは見事だ。」と云って感嘆した。一同危く道徳派と科学派とに入り乱れて混乱に陥ち入りそうなところだったので、こういう由吉の嘆声は、思いがけない逆転を起して客たちの視線を皿の鮭の上によせ集めた。
「侯爵、今夜のコックはただ者じゃないですな。」
 由吉に云われて田辺侯爵はかすかに笑っただけだった。二人を見ていた矢代は、どことなく微妙な音を発した美しさを感じ気持良かった。由吉は鮭を食べ終ると手帳の紙片をひき裂き、コックに手渡す今夜の礼を書きかけたが、侯爵の方へ一寸延びて、「日本人?」と訊ねた。
「フランス人だ。郵船にいたんだがね。」
「そうだろうな。」
 由吉は日本語の礼を消してまたフランス語に書き変えるとその紙片をコックに渡して貰いたいと女中に頼んだ。一同だれも由吉に少し敗けた形で暫く黙った。しかし、臆面もなく客たちの前で、そんなことを敢てした由吉は少し照れたのであろう。
「どうもこんなことは面倒くさいが、して置くことはして置く方が良いからな。」ひとり弁解めいた笑顔になり「やはり僕も道徳派かな。」と呟いた。そこでまた一同の客は笑い出した。
「いやそれが科学派さ。」
 遊部が突然の笑いをふき消すように卓の上から由吉の方へ身を捻じ向けて云った。「美味いものを見つけて美味いと云うんだからね。そういう実験の徳というのは科学性だよ。そこを忘れて道徳も研究も、価値があるわけのものじゃないさ。」
「じゃ、君の夫婦別れの原因も、つまり科学性の徳といったわけだな。」と由吉は云って笑った。
 この巧妙な由吉の冗談は暫くまた笑いの波を食堂に響かせていたが、遊部に逃げられたみち子の表情だけ一隅で鋭く吹き尖って来るにつれ、一座はようやく事の重大さを感じて白み始めた。しかし、二人の過去のいきさつなど知らぬ老人の久木男爵だけは、底流している一座の苦さにはまだ気附かぬ様子で、却って、真面目な議論の対象をいつも揉み潰す由吉に多少反感を覚えたらしく、矢代の方を向き直った。
「あなたのさっき仰言ったそこのところ、何んでしたっけ――そら、西洋が二十世紀だからといって、東洋も二十世紀だとは限らないというのね。それは面白い御観察だと思ったのですが、そうすると、われわれの考えている
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