本へ帰っても変らないわ。変るのは、きっとあなたの方だわ。」
こういうことをパリで別れる際、ただ一言云った千鶴子の勝ち気のためかあるいはカソリックの仕業であろうか、とにかく今の矢代にはこれだけが分らぬことの一つだった。
庭の薄明りがまったく消えたころ、侯爵夫人が薄藤色の洋装でピアノの羽根の前を横切って顕れると、皆のものに会釈をして食堂の用意の出来たことを報らせた。一同は椅子から立って隣室を通りその向うの食堂へ這入っていった。
食堂は料理の味を害せぬためであろう全面純白な装いの中に、壁だけ横に細い金線が入っていた。客たちは正客の塩野を先にし、自然に年寄りを高座へ押しすすめながら、それぞれ年に応じた席をとった。食事は洋食で間もなくスープが出たが、この夜のパンとスープの味は、たしかにどこか一流のコックの潜んでいることを報らせていた。客たちの誰もがみなそれを感じとった表情を一瞬泛べたが、誰もそれを口にせずゆるやかな雑談から始った。矢代はフランスで食べたパンの味とあまり違わぬパンを指でち切りながら、日本もこれだけの味を出すようになった技術にひそかに驚きを感じスープの皿を傾けるのだった。
「矢代さん、東野さんとお会いになりまして。」
と侯爵夫人は穏やかな声ながらも、少し突然に聞える問いで矢代を見た。
「ええ、いつも御一緒でした。何んでもロンドンへいらしたらしい消息が知人からありましたが。」
と、矢代は答えた。この夜これが矢代の云った最初の言葉だった。
「東野さんて、東野重造君のことですか。」
と久木男爵が、これもこの夜初めて矢代の方を向いて訊ねた。
「そうです。」
と矢代は一言答えただけだった。
「東野君とわたしは一度、横浜から大阪まで船で旅行したことがあるんですよ。そのときは四五日一緒でしたが、途中名古屋のゴルフリンクで、わたしはあの人にゴルフを教えたのですがね。そうですか。今ロンドンですか、あの人。」
久木男爵は感慨のある微笑で矢代の顔をじろじろと見詰め始めた。
「僕たち若いものはよくあの人に叱られました。あの人は僕ら若いものの中心問題へ、いきなり飛び込んで、張り手を使ってひっ掻き廻す名人なものだから、東野さんに会った日は土俵から抛り出されたみたいになって、二三日僕らは眠れなくなるんですよ。」
一同フォークの音の中で一緒に笑った。その笑声の鎮ったころ、久木男
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