」と槙三は訊ねた。
「言霊ではイは過去の大神で、ウは現神でエは未来の神のことです。ですからこの三つを早く縮めて一口に、エッと声に出してお祈りするのですが、そうすると、日本人なら誰だって元気が満ちて来るでしょう。このイという字とウという字とを大昔は石にして、勿論古代文字ですが、どこの国へも一つずつ神社の御本体として祭らせたのですね。ところが、淫らな形をしているという理由で、淫祠だなどと云って、引っこ抜いてしまったのです。『イウ』という、この二つの言霊の根本を引っこ抜いたものだから、さあそれからは日本が大変だ。しかし、日本人は困り出すと、何んのことだか分らずとも、エッといって、元気になって何んだってやっちまう。これが生という愛情ですよ。僕のお祈りも、まア簡単に云えばそんなものですが、今度は一つあなたのお祈りを聞かして下さい。」
と矢代は千鶴子を見て云った。千鶴子は何か云いかけようとして、やはり言葉を反らせた。
「あたしのは紙へ書いて、明日帰るときお渡ししましてよ。長いんですもの。でも、あなたの仰言ることだと、あたしにも古神道はあるんだと思って安心出来ましたわ。今夜はほんとに良いお話承って良かった。」
千鶴子は気晴れのした手つきでお茶を淹れ、矢代の前に出した。しかし、槙三だけは食事が終ってからまだひとりにやにや笑ってばかりいた。
「しかし、さっき仰言ったようなことで、近代人が満足出来るものですかね。」
暫くして、壁に靠れた槙三は茶を飲みつつ云った。
矢代を揶揄する風ではなくとも、明かにどこか彼に失望を感じた正直な声だった。
「満足なんて幸福は近代人にはないのですよ。」と矢代は云った。「ギリシアの幾何学だって、イウエ、みたいな三つの辺からなる三角形が根本でしょう。言葉だって同じで、五十音のどんな音にしても、イウエの三つの母音にすべてが還って来るということを、日本の古代人は知っていたのですよ。それから数というものが考えられたことですね。ですから僕は、ギリシアの文明は三角形から発展したに反して、日本の文明は三音からだと思うようにも単純になってるんです。あなたも一つ、新しい物理学の仮説を創ろうと苦心されるなら、この音と形との原理を一つにして、時間というものの素質をもう一度、エッと云ってみて、考え直されることですね。そうすると近代人の満足というものが得られるかもしれませんよ
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