がここに一番似ていたと思った。彼は番頭に山小屋での自炊用の薪や、調味料などの世話を頼み、暫くの浴場もこの宿のを借りることにして、明日からの小屋の生活を楽しみにした。
 矢代は寝る前に音信を忘れていた知人たちへ手紙を書いた。彼は外国へ行ったことの利益のうち、省みて生活に直接役立ったと思うことは、何より自分が無慾になったことだと思っていたので、千鶴子へ出す手紙の中にも忘れずそのことを書き加えた。また結婚のことも考えると、まだ一度も自分が千鶴子にそんな意志を表示したことのないのに気が付き、千鶴子の待ち受けているのは或いはそれかもしれないと思ったが、しかし、特に結婚の申し込みをしなければならぬほど疎遠な間柄でもないと思い、やはり筆にまですることは差しひかえるのだった。自分に自信があるからだと云えばそのようなものだった。そう云えば千鶴子にしても、たしかに自信があるにちがいない素振りであった。たとい向うの母親に異議があり、自分の方の母親にも同様なことが起るとしてみても、それなら、双方の異議の消え去るまで待つだけの準備は、またどちらにも出来ている筈だった。ただ彼は、今さらそれを云い出して事を荒立てる気持ちがなかっただけで、他から云われずとも、自分の方は自分で互に邪魔ものとなる事がらを秘かに処理してみてこそ、それが二人の場合に限った一番自然な愛情のように思われた。もしそれも出来なければ、出来ないような何事かがまだ二人の間にあるのにちがいない。――とにかく、矢代は結婚という言葉を今は強硬に手紙の中で使いたくはないのだった。一つはそれも、千鶴子と自分の間に西洋の幻影が燃え尽きず、まだ焔を上げているのが感じられたからでもある。
「どういうものですか、僕はこのごろ、無茶苦茶に勉強がしたくなって来ています。かつて今まで、これほど勉強をしたいと思ったことはまだありません。あなたのこともよく頭に泛んで来て困りますが、実際、これは困るほどです。なるだけその方のことは倹約することにして、荒行を山でやりたく出て来ました。非常な決心で明日から山小屋の雪の中で、自炊もするのです。我ながら勇ましい覚悟に愕いておりますが、チロルのときのように邪魔しないで下さい。あのときのことを思うだけでも、今の僕にはあなたが少からず邪魔になるのです。」
 こう矢代は千鶴子に書いて、嘘はどこにもないと思った。


 山小屋は宿
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