した腕や、東北の海沿いの白い路に熟れ連っていた無花果や、上越の茂みの下を流れ潜る水の色などがしきりに泛んだ。初めは何気なく彼はそんな景色を思い泛べていたのだったが、いつの間にか、西洋の風景に対抗させたい日本の中の美しい風景を漸次に撰び出し、組み整えているのだった。そして、まだまだ自分は日本の中に深く分け入って美しい光景を見届けて来なければ、心中やみがたく納りがたいと思い、あれこれと過ぎた日に見た、山川の美しさを引き出そうと努めた。が、ふとその緊張がゆるむ後からまた強くチロルの峯峯、南仏の海の色、イタリアの湖と、繰り代り色めき立って割り込んで来る。始末は頭の中のことだけに、矢代の意志のままには片付かなかった。
「僕はそのうちノートル・ダムばかり撮ったのを纏めて、個展をやろうと思ってるんだが、ひとつあなたも撰んでもらいたいな。」と塩野は云った。
「あなたのあれは美しい。」
矢代はそう云って塩野に賛成した。そして、人間が生活をするのは食い生きるためにちがいないとしても、意識するしないに係らず、人類共通の念願として、所詮は誰も一挙手、一投足のするところ美を造り出すために生活しているのだと思うが、君はどう思うかと訊ねてまた云った。
「それは何もただ芸術の美ばかりとは限らないさ、政治の美、経済の美、宗教の美、そのほか都市、農村、科学や学問や、法律、編輯などの美にしてもだが、つまりそれが文明なんだから、――誰も汚なさを造り出そうとして破壊もしなければ政治もしないよ。間違いかね。」
「それはそうだ。武器にしたって美のない武器を持ってる国は負けるからな。日本刀の美しさなんか、美しさとして見るだけなら、ノートル・ダムの中にあっても、断然光るね。」
塩野も自分の写しとって来た異国のものから、頭を日本の内部へねじ曲げて来ているらしかった。こういうときに起る難かしさも暫くは繰り返し、邪魔する頭の中の他のものも突き伏せて行かねばならぬのが、怠ることの出来ない、このごろの二人の苦労だと矢代は思った。実際、日本の中から汚なさが沢山に眼につき出すと、何んとかして反対に美しさを探し出したくなって、たまらなくなるときだった。
「城だって茶室だって着物だってそうだよ。もっとも、城はポルトガル人が這入って来てから、少し前とは変った傾きがあるが、それでも、あれだけの美しさにした所は、そうそう、先日僕は、信
前へ
次へ
全585ページ中350ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング