いや、へんなものだ。」
「誰が君を截りたおすのか、分ってるんだろうね君には。」
「うむ。毎日見てると、浅右衛門の手つきなかなか上手いよ。」
「云い残しておくことはないかね僕に。」
「ない。」と欅は一言いって暫く黙っていたようだったが、また空を見上げていてからぼそぼそと云った。
「じっとここにこうしていたようだが、これでも長い旅をして来たね。」
 矢代は欅から眼を反らせてもう黙った。日焦けした土工たちの腕の汗が石の間で光っていた。砂利を混ぜ返す音がじりじり髄にこたえる向うの坂路を、バスが傾きながら流れて来た。
「ね、君、僕がここにいちゃ、人間の夢を邪魔するよ。そうだろう。」
 とまた欅は云いかけて来たが、矢代はこのときはもう聞えない振りをした。
「まア、君と話の出来ただけでも嬉しいよ。僕なんかいなくなったって、――」
「さようなら。」
 矢代は自分の見ていないとき截り斃されるか知れぬ欅の様子を感じたので、今からそっと別れをのべておいてバスに乗った。


 塩野が二週間ほど入院していてからまたある日矢代のところへ訪ねて来た。
「とうとう病因分らずじまいさ。」
 塩野は矢代を見るとそう云って幾らか顔色も優れず元気もなかった。言葉は事実を喚び起すという譬えを矢代は思った。そして、冗談の当りすぎた気味悪さもまだ引かず、深くは塩野に病状を訊ねる気もないまま、無事退院の慶びも一言いったにすぎなかった。
「しかし、今度は千鶴子さん、どうやらへんらしいんだ。昨日電話で宇佐美と話しただけでよくは分らないんだが、どうもそうらしいね、熱も相当ある様子だなア、――」
 塩野は声を低め気味悪そうに、笑顔もなく窓の外を眺めたままだった。それでは千鶴子にも来たかと矢代は急に身が緊った。庭がぼっと暗く見えて来る中で、白い山茶花の弁だけ明るく、地虫のかすかに鳴く声が耳に入った。パリで会った人物のうち、帰って来たものも今は塩野と千鶴子ただ二人だけだのに、その二人が日をあまり違えず同じ病いに襲われたのだと思うと、矢代は、もう自分の考え以外のところで事実が厳しく動いているのを感じ、云うべき言葉もなく黙っていた。森森とした寂しさが襟もとに迫って来た。
「しかし、君、黴菌の巣窟へ帰って来たから、病気になるなんて科学説、そんな馬鹿なことはないよ。科学的に云うと、何んだって日本が悪くなるのかね。」
 矢代は急にそん
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