上、カソリックの大友宗麟のために滅ぼされた先祖の城のことを思う場合には――。
手紙ではときどき矢代は妹を慰めていたが、見舞いに行き遅れていたことは、汽車に乗ってからもやはり後悔めいた気持ちがした。また婚期の遅れゆく幸子のことを考えるときは、今まで殆ど気もとめなかったことだのに、それが突如ただならぬ寒けとなって襲ったりした。自分が結婚する場合妹を先にしてからでなくては納りの悪さのあることなど、たとい考えることを避けていても、不思議と妹の婚期のことだけは心から脱けなかった。
「いや、自分は嫁など貰わぬ。」
こういう気持ちも矢代にはあった。殊に千鶴子と会ってからは、他の誰かと結婚する意志など一層感じなかったとはいえ、それも家のことを考えるときは、徒労なことになりそうな薄弱な部分も無くもなかった。それに今日妹と会えば、母の意を伝えて矢代の結婚の相手をそれとなく奨める幸子の苦心も、想像していて先ず間違いのないことだった。
海に面した丘の上の病棟で矢代は初めて幸子と会った。見たところ妹は病人らしい様子が少しもなかった。円顔で頭の廻りの早そうなくるくるした眼は、いつも兄の考えを通り脱け、勝手なところへ出てまた廻る癖があるので、自然矢代も妹にだけは言葉を濁す癖があった。
「帰りたいと思ってるんだけど、急いでまた悪くなるの恐いから、当分は動かないつもりなの。」
幸子はそう云ってから、毎日ここから海を見ては矢代のことを想像して愉しんだと話した。ミラノで買った革製のハンドバッグや、パリの財布、ベニスのショールなど、矢代の出した土産物を手にとって妹は面にも嬉しさを顕した。矢代は東北の湯治場のことや滝川家のことなどをあれこれと話したが、外国のことについてはあまり云い出そうとしなかった。
「日本海を見てここへ来ると、太平洋の明るさは特によく分るものだね。北の方はもう秋雨がひどいよ。」
「どこが一番良かった?」
知りきった東北のことより外国のことを何より訊きたいらしい。幸子の眼つきは、何かに飛びつきそうな光りだった。矢代はそれが不愉快で幾らかいやらしく感じたが、それもやむを得ない病人の歓びかもしれぬと思い、
「そうだなア。」と云いながら、窓から麓の漁村を見降ろして一瞬ヨーロッパの風景を頭に泛べた。
「そこにいるとき良い所と、後で思い出してから良くなる所とあってね。一口では云えないも
前へ
次へ
全585ページ中310ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング