む。」と云うばかりで、窓から外を見て黙っていた。前に父は、自分は金を儲けたら一度だけどうしても洋行をしてくるのだと、口癖のように云っていた。その父の若いころからの唯一の念願も、それも子の矢代が父に代って、その意志を遂げて帰って来た今だった。その子の云うことが父の希いに脱れた奇妙なことを云い出したのであってみれば、父に分らぬのも尤もと云うべきであった。
「やはり時代というものは、争われずあるんですね。これで。」
矢代は有耶無耶なことを云って言葉を濁したが、洋行して来た自分よりも、子供にそれをさせることのみ専念して、身を慎しみ、生涯を貯蓄に暮しつづけた父の凡庸さが、自分よりはるかに立派な行いのように思われた。しかし、彼は父が何ぜともなく気の毒な感じがした。それはもう云いたくもない、生涯黙っていたいことの一つだった。彼は父の期待に酬いることの出来なかった辱しさを瞬間心底に感じたが、すぐまた諦め返して街の灯を見つづけた。
「ああ、しかし、いったい、何を自分はして来たのだろう。」
ふとときどきそんなに彼は思った。そして、得て来た自分の荷物を手探りかけては、いや、何もない、袋は空虚だと、足もとに投げ出す気持ちの底から、暫く忘れていた千鶴子のことが頭をかすめ通って来るのだった。
銀座裏で車を捨て矢代はひとり寿司屋を目あてに歩いた。通りや街の高い建物の迫りがまったくなかった。打ち水に濡れている暗い裏街をぬけて行く間も、彼はただ食い物を追うだけの自分を感じた。団十郎好みの褐色の暖簾の下った寿司屋へ入り、矢代は庭の隅の方に腰かけると、漆塗の黒い寿司台に電球の傘が映っていた。ジャパンという英語は漆という意味だということを、ふと矢代は思い出した。そして、黒塗に映えた鮪の鮮やかな濡れ色から視線が離れず、テーブルに凭れて初めて、彼はいつも一番舌の上に乗せたかったのは、この色だったと思った。
鮪が出たとき、彼は箸でとるより指で摘んでみたくなつてつづけて幾つも口に入れてまた皿を変えた。身体の底に重く溜ってゆく寿司の量が、争われず自分の肉となり、血となる確かな腹応えを感じさせた。下を見るとここにも、靴まで濡れそうな打ち水がしてあった。「ははア、水だな。」と彼は云った。
内庭に清水を撒く国は日本以外に見られなかったのを彼は思い出した。そして、山から谷から流れ出る、豊かな水の拭き潔めてゆくその
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