ように疲れが気持ち良かった。
汽車が停って矢代はホームへ降りた。最後の車のため人込みから離れた端れの柱の傍で、夏羽織の背の低い父の姿がすぐ彼の眼についた。父は暫く矢代を見つけなかったが、彼の方から片手を上げて父の方へ歩いてゆくと、父は「あッ」と口を開き、そのまま無表情な顔で近よって来た。その後から見えなかった母が小趨《こばし》りに追って来た。矢代は父の前で黙ってお辞儀を一度した。非常に鄭重なお辞儀をしたつもりだったのに、妙に腰が曲らず軽くただ頭を下げただけのような姿になった。
「どうも御心配かけました。」
と矢代は父の後ろの母を見て云った。
「お帰りなさい。」
母は矢代の顔を見ず羞しそうにそう云っただけで、重ねた両手を中に縮まるような姿で立っていた。父も母もさて次ぎにどうして良いのか分らぬらしく動かなかったが、矢代もやはりそのままだった。その間も東京駅の光景が薄霧の中から、見覚えのある活気を漸次鮮明に泛べて来た。赤帽が荷物を運んで行く後から三人はホームを出た。矢代は靴でしっかり歩いている筈なのに、まるで地から足が浮き上り、身体が絶えず飛び歩いているように思われた。障壁が尽く取り脱された自由な気持ちに、彼は自分がひらひら舞っている蝶に似て見え、眼につくあの灯この灯と広場の明りを眺めながらまたタクシを待った。
「とにかく分ったぞ。何んだかしら分った。」
と彼はひとり呟いた。そのくせ何が分ったのか考えもしなかったが、もう考えずとも、証明を終えた答案から離れたような身軽さで、後を振り返る気持ちはさらになかった。
「何んか僕食べたいのですよ。お寿司がどうも食べたいなア。一寸お母さんさきに帰ってくれませんか。」
矢代は母にそう云ってタクシに乗り込み途中で自分一人だけ銀座で降りるつもりだった。銀座の方へ動き出した車の中で、彼は、今は勝手気ままの云える子供の自分を、仕合せこの上もないことだと思った。母の縮みの襟もとが清潔な厳しさで身を包んでいる夏姿へ、彼は凭りかかるように反り、自分の永らく忘れていたのは、この母と父との労苦だったとふと思ったが、それも今は自分の身の疲れと同じように感じられた。
「もうじき涼しくなるが、まだ暑さは相当つづくね。」始終黙っていた父は誰にともなく一言云った。
「そうだ。まだ夏なんだな。」と矢代は呟くように云った。そして、季節のことなどすっかり忘れ
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